問題そのものの「学術的な難しさ」で言えば、東大入試の方が圧倒的に上だと思います。クモの巣の英文を70字でまとめるという作業は、ハーバードの面接で求められる思考とはまったく違う種類のものです。しかしハーバードには、「人間としての深さ」を試されるという別種の難しさがあるのです。
東大入試にも「ハーバード的な問い」が潜んでいる
ここで面白いのが、実は東大の英語入試でも、ハーバードの面接に似たような問いが出題されているという事実です。
たとえば、2022年の東大英作文では、
「芸術は社会の役に立つべきだ」という主張について、あなたの意見を60〜80語の英語で述べなさい。
という問題が出ました。コロナ禍で「不要不急」という言葉が連呼され、芸術や文化活動がやり玉に挙げられた、あの時代背景を踏まえた出題です。
これ、よく読むと、ハーバードの面接で出てきそうな問いと、本質的にはあまり変わらないのではないでしょうか。「あなたは社会と芸術の関係をどう捉えていますか?」「あなたの価値観を述べなさい」と問われているわけですから。
これは東大だけではなく、京都大学でも、2016年の英作文では「積ん読(tsundoku)」という日本独自の概念を外国人に英語で説明する問題が、2017年には「音楽には国境がない」という意見への賛否を論じる問題が出題されています。これらもまた、知識を問うのではなく「あなたはどう考えるか」を問う問題です。
つまり、日本の最難関大学の入試も、実は単なる「詰め込み型」では太刀打ちできない領域に踏み込み始めている、ということです。ハーバードと東大は、見た目の形式こそ違えど、本質的な部分では意外と似たものを求めているのかもしれません。
というわけで結論としては、ペーパーテストの難易度という一点だけで比較すれば、東大入試はやはり圧倒的に難しいと言えるでしょう。あの科目数、あの分量、あの記述量、そしてあの時間制限。世界中の大学を見渡しても、これほど過酷なペーパーテストはそう多くありません。
しかし一方で、ハーバードにはハーバードの難しさがあります。「人としての深さ」「自分の哲学」「社会への眼差し」──そういった、ペーパーテストでは測れないものを問うてくる難しさです。これは、付け焼き刃の勉強では絶対にクリアできない、ある意味で東大入試よりも残酷な試験かもしれません。

