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都庁ハーフパンツ論争の核心:「おじさんいじり」に飛びつく現代メディアの"キモい"倫理観と周回遅れの感覚

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(写真:standred/PIXTA)

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東京都庁で始まった「東京クールビズ」をめぐり、職員のハーフパンツ勤務が認められたことが話題になっている。

5月17日放送の「ABEMA的ニュースショー」(ABEMA)ではこの話題に関連して「おじさんのハーフパンツは不快」「おじさんはハーフパンツを履かないでください。キモいからです」「おじさんのすね毛、別に見たくない」といった声が紹介された。このことに関して、ネット上では批判的な声が広がって、ちょっとした炎上騒ぎになっていた。

一見すると、これは夏場の男性のファッションをめぐる軽い話題に見える。だが、実際にはそこに現代のメディアが抱えている問題が凝縮されている。そもそもマスメディアが特定の個人の服装や外見をあからさまに笑いものにすることが許されるのか、ということだ。

もちろん、職場における服装には一定のルールやマナーがある。公務員であれ民間企業の社員であれ、職場の雰囲気や来客対応に応じて、どこまでカジュアルな服装が許されるのかという議論は必要である。ハーフパンツが職場にふさわしいかどうか、という論点をめぐって自由な話し合いが行われるのなら特に問題はない。

問われる番組側の感覚

この番組で問題視されたのは、中年男性がハーフパンツを履くこと自体が「キモい」といった強い言葉で否定的に評価されたうえに、番組側がそのような一般人の意見を垂れ流しにしていたことだ。

これは、マナーの枠を超えて中年男性の服装が不快だと断言する偏った言説である。たとえば、同じような番組の企画で「おばさんのミニスカートは見苦しい」「中年女性の脚は見たくない」といった街の声が紹介されたら、当然大きな批判を浴びるだろう。

女性の年齢や体形、肌の露出を公然と論評することは、現在の社会では許されていないし、メディアが何の留保もなくそのような意見を紹介することは考えられない。にもかかわらず、「中年男性」が対象になった瞬間、その当たり前の感覚が失われてしまうのは不思議である。

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【「安易な中年男性批判」が盛り上がる理由】

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