「ずっと持っていられるものなんて、何もないでしょう。お借りしているのよ。だから、きれいにして、お返ししたい」
その「お掃除」を、政子さんは具体的なことから始めている。家中が雨漏りしたのをきっかけに、長いあいだ手をつけられずにいた夫の荷物を整理し始めた。
「今まで、夫の荷物を片付けられずにいたの。見ると、なんだか……ね。やっと、整理する気になれた」
「おいしい空気に、なりたい」
入院したあの日、病院のベッドで政子さんの頭をよぎったのは、整理されていない洋服ダンスだった。あれを片付けるまでは、死ねない——そう思った。
あれから、政子さんは少しずつ、片付けを始めている。洋服ダンスも、夫の荷物も、そして、自分の人生も。
「人って最後は、空気みたいに消えていくものだと思っているの。でも、おいしい空気と、まずい空気ってあるでしょう。私は、まわりの人にとって“おいしい空気”でいたいの」
取材の帰り際、夫がよく座っていたというベンチに、午後の光が差していた。
