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ライフ #廃墟モールの経済学

明るい廃墟からやや改善も"致命的な欠点"が…千葉ニュータウンの「モール廃墟化」の歴史と、ロピアでも復活しきれぬ現実

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BIG HOPガーデンモール印西
「BIG HOPガーデンモール印西」の廃墟化と復活が示すものとは?(写真:筆者撮影)
  • 坪川 うた ショッピングセンター研究家・ライター
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「リズム」にはアルマーニやシャネル、ラルフローレンなどのアウトレット店21店舗のほか、飲食店やアミューズメント施設が出店。アウトレットで21店舗というと今ではかなり物足りなく感じるが、当時の日本では最大規模だった。また、日本ではまだ馴染みの薄かったオープンモール(屋外型)が採用された。

日本初のアウトレットには、都内をはじめ神奈川、千葉、群馬、栃木と広域から客が訪れ、業績は予想以上に好調だったという。週末には「リズム渋滞」と呼び名がつくほど、車が押し寄せた。景気低迷がかえって追い風となり、安い品を求める消費者から支持され、開業から6年ほどは売上が伸び続けた。

98年〜00年頃の日本ではアウトレットブームが巻き起こる。消費者は不況に伴って低価格な商品を求め、メーカーは在庫消化を目論み、デベロッパーは通常の郊外型モールの競争激化による路線変更を狙うという3者の考えが重なったからだ。この時期、三井不動産やチェルシージャパンを筆頭に約20のアウトレットモールが開発された。

運営会社の倒産と大型競合モールの誕生

好調だった「リズム」に打撃を与えたのが、運営会社の倒産である。02年、「リズム」を運営していたディアライフが親会社の倒産に引っ張られて連鎖倒産した。

さらに追い打ちをかけたのが、大型アウトレットモールの誕生だ。08年頃になるとアウトレットモールではテナント数100店舗超えがスタンダードになり、巨大化していった。「リズム」と同じ埼玉県には08年、204店舗を有する「三井アウトレットパーク入間」がオープンした。

店舗数が多ければ、来店客はより色々な店舗を見比べて買い物ができ、魅力が増す。大型競合モールは「リズム」から客足を奪っていった。

「リズム」ではテナントの撤退が相次ぐようになり、09年頃には空き区画だらけに。11年6月に、とうとう幕を閉じてしまった。

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【日常利用のモールとして復活】

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