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ライフ #消滅寸前ビジネス

15年で460軒消滅…「花咲くどころかつぼみにもならず」のボクサーが38歳で挑んだ"第二のリング"は「沈みゆく銭湯」だった

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寿湯3代目オーナーの長沼亮三さん
寿湯3代目オーナーの長沼亮三さん(写真:筆者撮影)
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加えて亮三さんには、子どもの頃から自然と身についたものがあった。祖父の「清潔・きれいは基本」という鉄則、父の「自分で直せるものは直す」という姿勢、母のお客さん一人ひとりに丁寧に接する姿勢だ。銭湯経営の土台は、家族の背中を見て育つなかで、すでに形づくられていた。

15年の修業を経て、38歳で3代目オーナーに

転機が訪れたのは2017年。親戚が営む鶯谷の「萩の湯」改築にあわせ、次男・雄三さんが寿湯を離れ、萩の湯の経営に回ることになった。

「亮三、寿湯が空くからやってみないか」

父のひと言で、亮三さんは38歳で寿湯の3代目オーナーとなった。薬師湯での修業は、気づけば15年を超えていた。

実際に経営の現場に立ってみると、あらためて兄たちのすごさを思い知った。とくに寿湯の接客スタイルや運営の仕組みは、すべて次男・雄三さんが一からつくり上げたもの。丸井での経験を生かした顧客目線のサービスが、至るところに息づいていたのだ。

たとえばお客さんへの挨拶の徹底。寿湯では開店の10分前になると朝礼がはじまり、スタッフ全員で「いらっしゃいませ!」「はい、かしこまりました!」と「接客8大用語」を復唱する。

設備面の工夫も随所にあった。銭湯の湯温は一般的に42度前後に設定されているが、「熱い」というお客さんの声を受け、浴槽を熱めとぬるめの2つに分けた。また燃料を薪からガスに切り替えた際、不要になった薪置き場を改装して露天風呂を新設している。

都心にありながら広々とした空間。名物の男湯の露天風呂(写真:筆者撮影)

これらを引き継ぐためには、本来なら十分な時間が必要だった。だが、実際はごくわずかだった。

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【引き継いだ直後に起きた“機械の反乱”】

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