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15年で460軒消滅…「花咲くどころかつぼみにもならず」のボクサーが38歳で挑んだ"第二のリング"は「沈みゆく銭湯」だった

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寿湯3代目オーナーの長沼亮三さん
寿湯3代目オーナーの長沼亮三さん(写真:筆者撮影)
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プロボクサー時代の思い出の写真(写真:長沼亮三さん提供)

休みは週に一度だけ。その貴重な時間は、自転車で回れる範囲の銭湯めぐりに費やした。気分転換を兼ねて、それぞれの銭湯の個性を楽しみながら、たっぷりのお湯が張られた湯船で体を癒やす。それは亮三さんにとって、次の日の厳しい練習に備えるための大切なルーティンだった。

しかしタフな二刀流の生活も、7年ほどで終わりを告げた。亮三さんはプロボクサー時代の戦績をこう振り返る。

「花が咲くどころかつぼみにもならず」

1勝3敗3分け。30歳手前でボクサー人生に区切りをつけた。リングでは「つぼみ」にすらなれなかった。だがボクシングと銭湯を行き来した約15年で身につけた忍耐力と体力が、のちに銭湯経営で花を咲かせることになる。

3兄弟、それぞれの「武器」

プロボクサー引退後、亮三さんはすでに薬師湯を継いでいた長男・秀三さんのもとで本格的な修業に入る。秀三さんは料理人の経験をもつ「エンターテイナー」。多彩なイベントを仕掛け、バラエティ豊かな日替わり湯でお客さんを楽しませる企画力があり、亮三さんはそれを間近で吸収した。

同時に、当時の寿湯2代目オーナーだった次男・雄三さんからは、経営の手法を学んだ。元丸井社員の雄三さんは顧客目線に立ったサービスのノウハウに長け、とても「頭が切れる」のだという。

「それぞれ強みが違うんですよね。企画力は一番上の兄(秀三さん)から、経営のやり方は真ん中の兄(雄三さん)から、やり方を見て盗んでました」

ふたりの兄から吸収した「良いとこどり」が、やがて亮三さんの経営の軸になっていく。

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【寿湯の3代目オーナーとなる】

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