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15年で460軒消滅…「花咲くどころかつぼみにもならず」のボクサーが38歳で挑んだ"第二のリング"は「沈みゆく銭湯」だった

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寿湯3代目オーナーの長沼亮三さん
寿湯3代目オーナーの長沼亮三さん(写真:筆者撮影)
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時期は定かではないが、1990年代に撮られた寿湯。入り口の位置が現在と異なる(写真:長沼亮三さん提供)

実家には家庭用のお風呂がなく、銭湯が家風呂の代わり。当たり前だったその日常も、成長するにつれて気持ちに変化が生まれてくる。

「毎日お客さんに混じって銭湯の湯船につかってました。でもひとりでゆっくり入りたくて、家風呂に憧れるようになっていったんです」(長沼亮三さん 以下の発言すべて)

その憧れがかなう日は、思ったより早くやってきた。高校からはじめたボクシングで東洋大学に進学し、元WBA世界ミドル級王者・村田諒太選手などを輩出した名門ボクシング部に所属した。同時にひとり暮らしをはじめ、念願のユニットバスを手に入れたのだ。ところが、長年憧れ続けた家風呂を、たった3日で使わなくなってしまう。

「寂しかったんですよね。銭湯だと誰かがシャワーを出している音やカランの音が必ず聞こえてくるのに、家だとなんの音もしないから。3日で使うのをやめて、ボクシング部のシャワーを使ったり銭湯に行ったりしてました」

銭湯への思いが深まったのもこの頃だ。ボクシング部でのハードな練習のあと、仲間と入る銭湯は格別だった。広い湯船で手足を伸ばし、ゆっくりと湯につかる。亮三さんは熱い湯で体を休めることの大切さを改めて知った。

2002年に大学を卒業し、祖父の言葉通り銭湯を継いだ……わけではなかった。両親からは「とくになにも言われなかった」そうで、亮三さんはそのままボクシングの道を突き進んだ。プロライセンスを取得し、23歳でフライ級の選手としてデビューを果たす。

「週6日ボクシング、週6日勤務」二刀流の7年間

しかしプロの世界は甘くなかった。勝てない試合が続き、ボクシングだけで食べていくのは難しい。実家の薬師湯でも働きながら、夢を追いかけ続けた。練習は週6日、仕事も週6日。トレーニングしてから銭湯に戻り、仕事が終わるとまたトレーニングに戻る日々だった。

「ランニングやダッシュのロードワークと、ミット打ちやスパーリングのジムワーク。あわせて3〜4時間かかっちゃうんで、一度にできないんですよ。だからトレーニングを昼と夜に分けて、合間に働いてました。開店の午後3時30分から閉店の午前2時まで通しで働く日もあれば、開店から夕方まで働いて、深夜に銭湯の掃除をする日もある。深夜の掃除が、とくに体にこたえましたね」

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【週に一度の休みは銭湯めぐり】

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