

このシーンは、「自分が当たり前だと思っている価値観は、本当に自分で選び取ったものだとは言えない。そこを疑え」ということだと思うのです。
地方に、受験を重視しない価値観があること自体を、僕は否定したいわけではありません。それで救われる人もいるでしょうし、その土地の文化や暮らしの中で育まれてきた大切な考え方もあるはずです。ですが、だからこそ同時に、それとは逆の価値観を提示する存在も必要なのだと思います。
「このままでいい」という声があるなら、「本当にこのままでいいのか」と問う声も必要です。
「無理に競争しなくていい」という人がいるなら、「挑戦することで見える景色もある」と言う人も必要です。
「地元で十分幸せだ」という価値観があるなら、「もっと別の世界を見に行ってもいい」と背中を押す価値観も、やはり必要なのです。
ひとつしかないと思い込まされている価値観の外側
ドラゴン桜や、僕たちの活動は、まさにそのためにあります。今の価値観を壊すためではなく、ひとつしかないと思い込まされている価値観の外側に、別の道があることを見せるためです。
人は、選べる選択肢が増えて初めて、自分の人生を自分で選んだと言えます。最初からひとつの価値観しか与えられていない状態で、「自分はこれで幸せです」と言っていたとしても、それは本当に自由な選択なのか、僕は考え続けたいのです。
だから僕はこれからも、地方にある価値観を前提として理解しながら、それでもなお、その反対側にある価値観を提示し続けていきます。勉強すること。受験すること。高い目標を持つこと。外の世界を知ること。それは誰かを不幸にするためではなく、その人の人生の選択肢を増やすためです。
「今が幸せならそれでいい」という言葉に、あえて異を唱える。それが、いま僕がドラゴン桜に関わりながら、どうしても伝えたいことです。
