その結果は息をのむほどで、疑いの余地がなかった。記憶力と注意力の課題の成績が、自然のなかを散策してきたあとでは大幅に改善されたいっぽうで、交通量の多い繁華街を歩いたあとでは改善がいっさい見られなかったのである。
自然のなかですごしたあと、どんな気分かを被験者に尋ねた研究は過去にもあったが、自然が認知機能に及ぼす影響を客観的な尺度で定量化した研究はそれまでなかった。
私たちがこの発見を権威ある心理学ジャーナルに発表したところ、そのジャーナル史上、もっとも引用回数の多い論文となった。すぐさま、世界各地の記者から私のもとに問い合わせが相次いだ。記者たちにも、私たちが発見したものの価値がわかったのだ――これは鉱脈を掘りあてたぞ、と。
現代人が直面する「注意力の危機」
私たちはある種の刺激――たいていはスマートフォン――に注意を奪われるあまり、文字どおり、ほかのものがいっさい見えなくなることがある。そのうえ、注意力を奪うように工夫された刺激を絶えず受けているせいで、注意力は疲弊するばかりだ。
これらのすべてが注意力を枯渇させるせいで、本当に集中したいものや、すぐ目の前にあるものにさえ意識を向けられなくなるのだ。仕事や学校から解放されたあとも、つながりや気晴らしを求めてスマホなどをついさわってしまう――が、これらのガジェットは、私たちの注意力をさらに枯渇させるだけなのだ。
注意力とは一枚岩のようなものではない。スティーヴン・カプランはよく、注意は2つのタイプに分けられると話していた。1つめは「選択的注意」で、私たちが集中する対象を選ぶ能力を指す。この能力があるからこそ、私たちは刺激に完全に左右されずにすむため、ある意味で自由意思が得られるのだ。
だが注意力には、もう1つのタイプがある。環境に急激な変化が起これば、あらゆる動物が即座に反応する。このような刺激に対してすばやく反応をするときには、スティーヴン・カプランが呼ぶところの「受動的注意」が機能する。
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【脳を癒す「穏やかな魅了」の正体】
