しかし、こうした価値観に征服された国はほとんどない。多くの国は自らの価値観を維持することで、激しい抵抗を繰り返す。結果的にはソフト・パワー戦略には、必ず軍事的拡大が伴うのだ。だから、武力行使をする必要がある。
それこそまさに、軍事支配がつねに存在し続ける原因である。
アメリカは経済大国でもある。アメリカはIMF(国際通貨基金)体制の要であるドルという基軸通貨を使って経済制裁という支配権を行使することができる。世界の決済システムを手にしていることで、相手の経済を破壊できるのだ。資産凍結や重要な製品の輸出を停止するのである。

しかし、これがうまく機能するかどうかは問題である。
アメリカの作家、国際政治学者のエドワード・フィッシュマンが書いた『チョークポイント アメリカが仕掛ける世界経済戦争の内幕』(三木俊哉訳、日経BP、2025年)は、経済制裁の逆説を語った書物である。
経済制裁は一種の隘路(あいろ)に落ち込む。わかりやすい例として、紀元前のアテネの例を挙げている。アテネはある都市に経済制裁を行使したのだが、その都市はアテネに降伏するどころか、敵であるスパルタと手を結び、強力な敵となったというのだ。
この話を現代につなげれば、アメリカがロシアに経済制裁を行った結果、ロシアは中国とインドにより近づき、BRICS諸国の団結を深め、BRICSはますます強固な組織になり、アメリカの脅威となったという話になる。それはイランについても言える。
経済制裁はかえって逆効果を生むのである。アメリカのソフト・パワーと経済制裁という両戦略とも、結局のところこの隘路にはまり、拡大主義の泥沼から抜け出せなくなっている。これはアメリカ、すなわち大国の野望が引き起こした悲劇なのだ。
アメリカの一極時代の終焉
アメリカは、自らの建国精神である不干渉主義と、一方でそれを世界に押し付ける干渉主義との矛盾の中で悶え苦しんでいる。
その結果、ローマ帝国と同じ道を歩み始めたのである。しかし、もう戻ることはできないだろう。財政赤字と貿易赤字、ドルのインフレ、軍事圧力と経済制裁による信頼の喪失は、戦後体系を破壊し、新たな国際社会の秩序形成を促しているとも言える。
驕れるものも久しからず。アメリカの時代は過ぎ去り、次の時代へと世界は変貌しつつあるのだ。
