アメリカは諸州の連邦であり、州の自治を大事にする連邦国だというのだ。イギリスから独立したアメリカは、モンロー宣言のころまで、ほかの国への不干渉を唱えていたのである。
アメリカ大統領を務めたジョン・クインシー・アダムズ(1767~1848年、在任1825~29年)は「モンロー宣言」の基礎となる演説を行っている。アダムズは1821年7月4日、独立記念日にこう述べていた。
死語となった「モンロー宣言」
アメリカは海外に出て行かない。侵略をしないのだというこの言葉は、アメリカ大陸の絶え間ない領土獲得戦争の中でやがて死語となる。

アメリカの歴史学者であるブルース・カミングスが執筆した「アメリカの戦争のやりかた」(菅英輝編『アメリカの戦争と世界秩序』法政大学出版局、2008年)という論文は、興味ある内容を提供してくれる。
アメリカの拡大主義はモンロー宣言のすぐ後、起こった米墨戦争(1846~48年)から始まったというのだ。そこで、建国精神、自由な社会を世界に広めるというミッションが領土拡大主義として復活し、この戦争でアメリカ流の狡猾な戦いかたが形成されたというのだ。
米墨戦争に勝利してテキサスとカリフォルニアを取得することで、アメリカは東部海岸の「小さな国」から、大国、帝国へと飛躍するのである。
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【帝国は拡大していくが…】
