「泣きそうになりました」3年越しの結実、その先へ
広告会社が生み出した、旧生駒トンネルの再利用プロジェクト。その収益はどう得ているのだろう。
アド近鉄の手元には、ブランドロゴを使って商品を製造するたびに、酒造からその販売数✕数パーセントが手数料として支払われているそうだ。もっとも、販売本数に限りがあるため、大きな売り上げには至っていない。
だが、プロジェクトは「地域に残されたインフラの再利用の成功例」として、各メディアに大きく取り上げられた。アド近鉄の知名度アップに貢献したという。
そして今、プロジェクトはさらなる広がりを見せている。
2024年の春には、東生駒にある谷口ワイン店から、「お客様のワインを、トンネルで熟成させてもらえませんか?」と問い合わせを受けた。そこで、同店で購入されたワインを年間1200円(税抜)で預かる、「ワインセラー活用サービス」を2025年秋から開始。
預けた客は、「歴史のあるトンネルで寝かせたワインを飲む日が楽しみです」と言い、期待を持って待ってくれているという。
また、近鉄百貨店と連携し、父の日に親子でトンネルに入り、「ワインを貯蔵棚に自ら設置し、手描きのラベルを作成する」体験型イベントも実施した。子どもたちは、初めて入るトンネル内にドキドキし、お絵かきを楽しみ、父親は、手描きのラベルに目を細めた。
思えば湧き水も、しいたけも、日本酒の熟成も、最初から成功したわけではなかった。制度に止められ、環境に裏切られ、そのたびに方法を考え直す必要があった。
それでも試行錯誤が続いたのは、旧生駒トンネルを単なる空き空間としてではなく、「新しい価値を生み出す場所にできるのではないか」という仮説を、彼らが手放さなかったからだ。
コロナ禍をきっかけに始まった新規事業探索は、結果としてアド近鉄に「広告代理店とは何か?」を問い直させた。
生駒隧道プロジェクトと前後して、アド近鉄は、近鉄沿線を応援するクラウドファンディングサービスを立ち上げたり、自分史を映画化するサービスを運営したりと、広告事業以外にも取り組むようになっている。
モノを売るための広告から、場所の価値を発見し、物語として社会に提示する仕事へ。コロナ禍は広告会社にとって大きな打撃だったが、それは結果として、彼らの役割そのものが変わり始めるきっかけとなった。
生駒山の中で繰り広げられた挑戦は、一つのトンネルの再利用にとどまらず、地域に根付いた広告屋が、自分たちの価値を再定義していく過程でもあった。
数々の失敗と制度の壁を乗り越え、最初のワインを自ら味わった時の心境を、音川さんはこう振り返り、微笑んだ。
「ほんまに泣きそうになりました。2020年からコツコツやって、やっとたどり着いた。なんかちょっと感動しましたね」
前編:「そんなトンネルあったんですね」グループ社員も知らなかった奈良の"廃トンネル"が、封鎖から60年「解体されなかった」訳
