大阪と奈良の県境、住宅地を抜けた山裾に、半円形の重厚な鉄扉がある。1964年に役目を終えた「旧生駒トンネル」の入り口だ。
2重の鉄扉の隙間から奥を覗くと、真っ暗な空間が続く。生駒山から染み出た水だろうか、天井から水が滴っているのが見える。
「この廃トンネルのなかで、地元酒造のワインや日本酒を熟成している企業がある」と聞いて、筆者と編集者はそのプロジェクトを担う、株式会社アド近鉄の本社に向かった。
トンネルは「避難経路」になっていた
「旧生駒トンネルは、今も隣接するトンネルの避難経路になっています。僕たちは、その空いているスペースを使わせていただいています」
取材の冒頭、トンネルの再利用プロジェクトを進める同社の元責任者・音川峰行さんはそもそも「廃トンネル」という認識を否定した。
その「空きスペース」を、新たに活かしているのだ。
しかし、なぜトンネルを?
尋ねると音川さんは、100年前の建設からの歴史と、再生について語りだした。
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【「最短距離で最も効率良く」約110年前の経営陣の決断】
