ゲノムの影響を認めることは介入不能を意味しない
遺伝くじを直視することは、優生学への回帰なのだろうか。著者の答えは否で、遺伝の影響を認めることは「努力しても無駄」という遺伝決定論を意味しないと考える。例えば近視にはゲノムの影響があるが、メガネという環境的な補助によって視力の不利は軽減される。本書が強調するのは、ゲノムの影響を認めることは介入不能を意味しない点である。
著者は遺伝によって人間を序列化し選別する優生学を明確に批判し、自らの立場を「反優生学」と呼ぶ。本人が選べない偶然によって生じる不利を社会がどう補うかを考える手がかりとして、ゲノムの差異を捉え直そうとする。
しかし日本の読者が、この主張をアメリカ発の先端的な平等論として無邪気に受け止めることはできない。日本では、旧優生保護法の下で「不良な子孫の出生を防止する」との名目で、障害のある人々に対し強制不妊手術が行われた。2024年7月には、最高裁が同法を違憲と判断したばかりだ。
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【制度的な防波堤が不可欠】
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