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SNSにはびこる「ルールなき文章」の落とし穴 「誤読する日本人」が急増している深い原因は?

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スマホを持って悩む女性
SNSなどで短文ばかりに触れていると、長文の読解能力が弱まるといいます(写真:metamorworks/PIXTA)
  • 市野瀬 早織 元渋谷教育学園渋谷中学高等学校 国語科専任教諭 市野瀬教育研究所 所長
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ここでは「小栗旬も俺にはなれない」と言葉では言っておきながら、「小栗旬みたいに見た目がいいわけでも才能があるわけでもないかもしれないけれど、俺だって魅力的な人間だぜ」というメッセージを伝えたい可能性もあるのです。

また、もしこれが男女の恋愛感情の告白の場面だとしたら、どうでしょう?

「私、小栗旬みたいな人が好きなの。(だからあなたとはお付き合いできない)」とフラれそうになった男の子が、「俺だって誰にも負けない魅力があるからこっちを見てほしい」と言いたいのかもしれません(妄想がかき立てられる文章ですね)。

ここまでに述べてきた、この言葉の裏に隠されたメッセージを読み取る可能性は否めないはずです。

「譲歩表現」があるからこそ、理解できる主張

つまり、じつはこの冒頭の文章は「たしかに……」という最初の部分からのつながりがあってはじめて、「何を言っているのか理解できる」構造になっているということです。

「たしかに」という「譲歩表現」のあとに、人気俳優・小栗旬さんの一般的に思われている「かっこいい」というイメージについての話をもってきました。

そのため、「でも」のあとの最も言いたいこと(主張)部分で、その小栗旬の「かっこいい」にも負けない私独自の「かっこいい」を見てよ! と小栗旬と自分とを並列で言い表すために、再度、譲歩表現の直後で使っていた話のキーワード「小栗旬」を用いて主張したというわけですね。

この部分だけでも、いかに「譲歩部分」と「主張部分」とが密接につながっているかという点を理解していただけたのではないでしょうか。

次ページが続きます:
【「もちろん」「たしかに」「一見」が譲歩】

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