通信制高校やそのサポート校がフリースクールを開設する動きも盛んです。もともと通信制高校には不登校経験者が多いので、フリースクールとの親和性は高いのですが、単なるビジネス拡大のチャンスとしてつくられたものでないかは、見極めが必要です。
フリースクールの安定した運営には、専門的な知識も経験も必要です。フリースクールを検討するなら、安易に「大手の看板」や「出席認定」「成績評価」「助成金が使える」などの謳い文句に飛びつくのではなく、いつごろフリースクール事業を始めたのか、あまりに営利目的な企業体質でないかなどという点も気にしてみてください。
その意味で、「出席認定」などの権限がある校長には、“子どもの学びを定義する行政官”としての面だけでなく、いわゆる「不登校ビジネス」の暗躍を水際で食い止める“番人”としての面もあるわけです。しかしそれを校長に任せるのは、社会としていかがなものかと私は思います。校長としても、あまりに荷が重いのではないでしょうか。
フリースクールは学校の下請けか?
ならばいっそのこと「出席認定」などという概念自体を社会として手放してしまえばよいのではないでしょうか。出席認定なんて、「指導要録」という、一般のひとがおよそ目にすることがない書類上の記録でしかないのですから。
そんな制度を大人たちがありがたがるから、「出席」をもらえない子どもたちは、自分が公的な「認定」をもらえていない欠陥品であるかのような自己像を刷り込まれてしまうわけです。
拙著『フリースクールという選択』の取材を通して、「学校はフリースクールを下請けか何かのように見ている」「学校にはできない教育をやろうとしているのに、それを学校の指標で評価する態度に傲慢さを感じる」という現場の声を多数聞きました。学校の先生方のことはもちろんリスペクトしながら、構造としての問題を指摘する声です。
不登校35万人という状況は、学校という制度そのものへの子どもたちからのレジスタンスです。学校から「お墨付き」をもらうことをありがたがる社会の風潮や大人たちの態度こそを変えていく必要があるのではないでしょうか。

