僕は一発屋にはならないと抗いましたが、結果的に仲間入り。そういう芸人たちが集まる“一発屋芸人の会”があって、そこで情報交換をしつつ士気を高めながら、家族を養うためにアルバイトをするようになりました。
いま思うと、苦労している仲間たちが集まっていた一発屋芸人の会は、夢があるすごくいい会でした(笑)。
ーーブレイク時の自分に対して思うことはありますか。
エロ詩吟で世の中に出ることができたときに、あまりにも自分本位になってしまっていて。例えばテレビ番組出演でも、同じゴールを目指すスタッフや、応援してくださっている方々の気持ちをまったく考えようとしていませんでした。
ベクトルが自分にしか向いていなかった。もし、それが外に向いていたら、何かが違っていたかもしれないと思うことはありますね。
人生の転機になった恩人・ヒロミの言葉
ーーその気づきを得たきっかけは?
20年頃にヒロミさんの運転手をさせていただいていたときに、ヒロミさんからいろいろなことを教えていただきました。ヒロミさんは「愛」という言葉をよく使われます。相手の立場になって考える人への気遣いや愛をすごく大事にされていて、自分はそれがまったくできていなかったことにハッとさせられました。
その後の岩手移住も、ヒロミさんの言葉に背中を押されて決意しました。
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【恩人・ヒロミの言葉】
