ーー縁もゆかりもない岩手への移住は、一大決心だったのでは?
21年に、岩手朝日テレビ(IAT)の情報番組『GO!GO!いわて』の土曜メインMCの話をいただき、当初は芸人の仕事がひとつ増えた感覚で、東京から通うつもりだったのですが、ヒロミさんに報告すると、僕の覚悟を問われました。
生放送のMCがどれだけすごい仕事か、それを僕に任せてくれた人の覚悟に対して、週末に岩手に行って東京に戻ってくる仕事でいいのか。岩手の人たちに愛してもらえるのか。同じ空気を吸って、同じものを食べて生活して、ようやく愛してもらえるんじゃないかって、言われました。
それまで僕は、チャンスが転がってくるのを待つタイプだったのですが、チャンスは身の回りにたくさん転がっていて、それに気づいて自分から拾い上げることができるかが勝負だと、教えられました。
そのときに、自分にとってのそれは、岩手に移住して、そこでスターになるためにがんばることだと気づいたんです。
いまは、いつかヒロミさんに恩返しができるように日々がんばっています。
移住後のことはノープランで飛び込んだ
ーー移住時に、その先のキャリアプランは思い描いていましたか。
まったくありません(笑)。ただがむしゃらにやるしかないって。
当時45歳でしたが、芸人を続けていくのかを含めて、その先の人生がどうなっていくか、思い描けていませんでした。『GO!GO!いわて』のMCをやりながら、とにかく一生懸命なんでもやって、もしダメだったら、そこでまた考えればいい。日々がんばるしかないという、追い込まれた状況を作ってもらえたと考えています。
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【冠番組を持つこともできた】
