先ほどのAIによる作文が奪いかねないのは、この「自律への歩み」です。なぜなら、AIは「考える苦しみ」や「判断の責任」という、自律のために必要不可欠なステップを、あまりにも鮮やかにバイパス(短絡)させてしまうからです。
AI時代に主体性を伸ばす問いかけ方法とは
夏休みの作文を例に考えてみましょう。子どもがAIに宿題をやらせようとしているとします。そのとき、どんな反応をすればいいでしょうか?
「ズルをしてAIを使わずに、自分でやりなさい」
と禁止をするのはいい方法とはいえません。なぜなら、子どもにとっては、AIを使ったという行為そのものが一方的に否定されたと感じられやすく、「どのように考えたのか?」「なぜその方法を選んだのか?」といった思考の過程を振り返り、言葉にする機会が失われてしまうからです。
その結果、子どもは自分なりに工夫した点や迷った点を語らなくなり、学びを深めるはずだった対話が途中で断ち切られてしまいます。
さらに、「禁止されるから隠す」「怒られないように使う」といった態度を生みやすく、AIとの付き合い方を自分で考え、判断する力を育てることにもつながりにくくなってしまいます。
では、反対に、
「そんなこともできるなんてすごいね」
と面白がるのはどうでしょうか。
実はこれも、いい反応とはいえません。使ったこと自体を面白がって評価してしまうと、子どもは「どう考えたか?」よりも「うまく使えたか?」「便利に、効率的に済ませられたか?」に意識が向いてしまうからです。
その結果、思考の主体が子ども自身からAIへと移り、本来育てたいはずの「自分で考え、選び、判断する力」が置き去りにされてしまいます。
また、大人が関心を示すのが結果や技術だけになると、子どもは自分の迷いや工夫、納得できなかった点を語る必要性を感じなくなり、学びを深めるための対話が生まれにくくなってしまいます。
子どもがズルして宿題にAIを使っていたとき、私なら、次のように伝えます。
「AIはこう言っているけれど、あなたの心はなんて言っている?」
「AIの文章はキレイだけど、あなたが本当に伝えたかった『あのときの気持ち』は、このなかのどこに入っているかな?」
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【「これは、ちょっと違う」──その違和感が成長のカギ】
