核についても、核抑止論に立つのではなく、世界唯一の被爆国として核の恐ろしさ愚かさを訴え、際限ない核開発競争の波を止めるように呼びかけることが日本ならではの外交安保のあり方だと思うんです。
歴史的に見ても、明確に敵味方をはっきり分けて戦える国ではないですし、そうであるべきだとも思いません。だからこそ、できる限り他国を刺激しないことや、丹羽さんが『Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない』で主張していたように、経済的な文脈での交渉カードを優先させることのほうが、現実路線としての「抑止」になるのではないかと思うんです。
小泉悠(以下、小泉):その外交や経済のネットワークを使って立ち回ることと、いざという時のための「力の裏付け」を持つことは、僕の中では全く矛盾していないんです。国家が使えるさまざまな手段の頭文字をとって「DIME」という概念があります。外交、情報、軍事、経済の4つです。
日本国内の議論を見ていると、どうしても「外交か、軍事か」という2つの相反する選択肢があるように言われがちです。でも僕は、外交もやらなきゃいけないし、経済もやらなきゃいけない、そして情報と軍事もやらなきゃいけない。つまり「全部やればいいじゃないか」という考えなんです。
辻:そうですよね。どれか一つを選ぶわけではないと。
小泉:ただ、辻さんがおっしゃる通り、軍事力というのはあくまで政治の道具の一つです。戦前の大日本帝国陸軍のように、政治の道具であるはずなのに勝手に戦争を始め、陸軍大臣や参謀総長が命令しても止まらないような組織になってしまったら、それは全く軍隊としての体をなしていません。ああいう暴走する軍事力に絶対戻ってはいけないという点については、僕も強く思っています。
「敵味方認定の雑さ」をお互いが抱えている
辻:私が危惧しているのは、今のSNSの空間で、軍拡論の手前にある議論として常に仮想敵を作って刺激し続けるような景色が広がっていることです。少し前だったら執拗に韓国を叩き、今ならそれが中国に向かっている。
小泉:仮想敵を作って煽り立てる言説は目立ちますね。
辻:そして、そうしたネット上の排外主義的な人たちと、安全保障の専門家、さらには政府の動きが、地続きに見えてしまう瞬間があるんです。
例えば、中国大使館へのテロ事件があった時に、政府がだんまりを決め込むような頑なさを見せると、それにネット上の過激な層が沸き立つ。そうやって政府と過激なネット世論がシンクロしてしまうと、専門家による真っ当な安全保障の議論がむしろ届きにくくなってしまうのではないでしょうか。
次ページが続きます:
【右派も左派も「脳内の敵」を攻撃している】
