翌年、祖父から続いた大幸株式会社は、父の代で破産に至った。
浜松に、エルメスにも負けない物語が
事業立ち上げ当初、旭さんにはビジネスプランも強い志もなかったという。
「策もなく、とりあえずやってみようという気持ちでした。楽天市場の売り上げも好調でしたし、何よりも『遠州綿紬の事業ができる』っていう前向きな気持ちが強かったのだと思います」
転機は、浜松市北西の三ヶ日町にある初生衣神社(うぶぎぬじんじゃ)の宮司、神服部(かんはとり)氏との出会いだった。
初生衣神社は、平安時代末期から毎年伊勢神宮の天照大神に御衣の奉納を続けてきた。それを織っていたのが、この神社に祀られる織姫様だったと伝えられているという。
「浜松市は神様とゆかりのある織物の産地なんです。日本中で、神様とつながっている産地は浜松と奈良だけ。こんなに強いブランドストーリーはありません!」
名古屋時代にVOGUEで読んだ記事が浮かんだ。頭の中で、何かがつながっていく……。
エルメスのスカーフはなぜあれほど高価なのか。最高品質の素材、熟練職人の手作業、何より、語るべきストーリーを持っているからだ。それは、遠州綿紬も同じではないか――。
「消費するもの」ではなく「所有するもの」として捉え直すブランド価値を、旭さんはエルメスと遠州綿紬の双方に見いだした。
ただし、その価値をどうやって届けるかは、まだ見えていなかった。
その数年後、旭さんの携帯電話が鳴る。耳に響いたのは、見知らぬ声――大手ホテルグループ星野リゾート「界 遠州」の総支配人、岡本真吾。
一介の地方の織物問屋に、なぜ一流ホテルから連絡が?
