また、実際に東大生の話を聞くと、勉強にも生成AIを利用していることがわかります。たとえば、NotebookLMという生成AIでは、資料を入力すると音声でその資料が会話形式で出力されるというものです。
文字形式よりも音声形式で覚えたいという東大生は、それを使って勉強していたという人も多かったです。
読むだけでは頭に入りにくい内容でも、音声でやり取りのように聞けると理解しやすくなることがあります。そういう人にとってはNotebookLMは非常に便利なツールとなるのだそうです。
また、asksiaという生成AIを活用していた人もいました。
これは、動画データを入力すると考えられる質問が出力されるという使い方ができる生成AIで、ただ動画を見るだけで終わるのではなく、「理解できているか」「覚えられているか」を確認しながら学べる仕組みだと言えます。
勉強というと「読む」「書く」「覚える」という形を思い浮かべると思いますが、生成AIを使うと「聞く」「対話する」「問い返される」「整理される」といった別の形にまで学習の形式を広げることができるわけです。生成AIは、単なる便利ツールではなく、学び方そのものを変える存在になりつつあるのかもしれません。
時代の流れに取り残されないために
ここまで見ると、東大生が生成AIをうまく使っているというよりも、すでに生成AIを前提にした学習環境へ自然に適応している、と言ったほうが近いのかもしれません。
大切なのは、最初から完璧に使いこなそうとすることではなく、まずは日常の中で少しずつ使ってみることではないでしょうか。わからないことを要約してもらう。考えを整理してもらう。学習内容を質問形式に変えてもらう。そうした小さな使い方の積み重ねが、やがて大きな差につながっていくはずです。
時代の流れに取り残されないためにも、私たち自身も一歩ずつ試しながら、学び方をアップデートしていく必要があるのではないでしょうか。これからの時代は、AIに置き換えられるかどうかではなく、AIをどう使いこなすかが問われる時代になっていくのだと思います。

