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ライフ #廃墟モールの経済学

「預かり金の返還遅延が頻発」「大手チェーンも続々と撤退」…ずさん運営だった「茨城の廃墟モール」復活への奮闘の裏側

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大洗シーサイドステーション
廃墟化したモールが今日まで存続してこられた理由とは?(筆者撮影)
  • 坪川 うた ライター・ショッピングセンター偏愛家
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一方、大洗町出身の田山氏はこのように振り返る。

「その雰囲気は震災で作られたと感じます。昔は保守的な町でした。平和なときに、『アニメの舞台になったから何か取り組みをしよう』と言っても聞いてもらえません。でも風評被害で町に観光客が来なくなってしまい、そんなことを言っている場合でなくなりました。

ガルパンの取り組みを通して交流することで、町の人同士の心が開いていったように感じます」

同社が「大洗シーサイドステーション」の運営を今日まで続けてこられたのは、「大洗リゾートアウトレット」時代から営業を続けるテナントやガルパンファンの存在も大きかった。

「自社の店舗も含めて、12店舗くらいが撤退もせずにずっと一緒にやってきてくれたのがうれしいですね」(常盤氏)

「コロナ禍で苦しいときに、ガルパンファンの方々から応援の声がたくさん届きました。この施設を気にかけてもらえただけで救われました。誰かの記憶の一部になっていると聞くと、少しは役に立っているのかなと思えます。

コロナ明けにイベントを再開したときに人が溢れている光景を見たときも、まだこの施設は忘れられていないと感じました」(田山氏)

地域とともにあったからこそ生き延びた

突如として大洗町に現れ、廃墟化した「大洗リゾートアウトレット」。「大洗シーサイドステーション」としてリニューアルされたのちに今日まで存続してこられたのは、まず地域の人が日常的に利用する施設へ転換したことが大きい。

震災を機に町民同士のつながりが強まり、よそ者であった常盤氏を中心に同社がチャレンジ精神を持って地域活性化に取り組んできた。ともに歩んできたテナントやガルパンファンの支えもあった。

利益を追求するだけではなく、地域のための場として運営する同社の手に渡ったからこそ、「大洗シーサイドステーション」は今日まで存続してきたのだ。

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