アップル創業50年の本質は何か、ジョブズが示した「疑念の階層」とAI時代に貫く"責任あるものづくり"の思想
半年後に、アップルはPowerBook G3という製品と同時に、隠し球として用意していた初代iMacを発表する。それまでのどのコンピューターとも異なる未来的な外観と圧倒的なコストパフォーマンスで発売前から大きな話題となり、一気にアップルをパソコン業界の中心舞台に返り咲かせた伝説のパソコンだ。
iMacはジョブズ肝煎りで、あのユニークな形状を実現する上で必須だった独特な半月形の電子基板を採用するなど極めてチャレンジングな開発をジョブズが後押しして実現した。ジョブズは、敬愛するソニーと組んでiMacへのメモリースティック搭載なども検討し実験していたようだ。
3製品揃ったところで、アップルは詰まるところ4つのカテゴリーの製品を出せば全てのニーズが満たせるという考えを発表。クリエイターが求める最強パフォーマンスのPower Mac G3と、そのノート型のPowerBook G3、アップルの運命を大きく変えるコンシューマー用デスクトップ機のiMac、そして翌年に発表されたノート型のiBookだ。
製品カテゴリーを4つにまで絞り込むという戦略には、それぞれの製品カテゴリーにトップ人材を割り当て、12~20カ月に1回程度の頻度で製品の更新を続ける体制を作る、という意味合いもあった。
アプリの充実〜iPodで飛躍的成長へ
どれほど魅力的なハードウェアが揃っても、その上で動くソフトウェアがなければ意味がない。「パソコンはソフトが無ければただの箱」――パソコン黎明期に語られたこの言葉は、第4層の疑念「アプリケーション」をそのまま言い表している。
アップルはiMacの発売に合わせ、質の高いソフトウェアを厳選して開発者に呼びかけ、iMacそのものと並べて紹介するプロモーションを展開した。
当時Macにはすでに数千のソフトウェアが存在していたが、その中でも特に優れたものを前面に打ち出すことで、「iMacを買えばすぐに使える環境が整っている」という安心感を伝えようとした。
そしてこれら4層すべてが満たされて初めて、アップルは最後の層「成長」の戦略に踏み込むことができる――これがジョブズの「疑念の階層モデル」だった。
ところでアップルの飛躍的「成長」に欠かせなかったのは、実はMacではなかった。Macを中心とした製品戦略は2000年頃のパソコン市場の飽和やドットコムバブルの崩壊で一度冷え込んだ。
世の中は、パソコンの時代は終わり、デジタルカメラや携帯型音楽プレイヤーといったガジェットと呼ばれる新ジャンルの製品が台頭していると騒いでいた。
ジョブズはこれに異論を唱え、そうした製品がパソコンを中枢として連携することになり、パソコンはさらに重要になると訴えたが、同時に社内で3カ月ほど検討し、自らもMacとの連動を前提としたガジェットを作ることを決断。わずか半年間で完成させた。こうして発表されたのが初代iPodだった。
それまでアップル製品に興味を示したのは、パソコン市場全体の3%ほどしかいないMacユーザーだけだったが、iPodを出すと「欲しい」という声がWindowsユーザーからもあがった。
ジョブズは最初、Windows版提供のアイディアに懐疑的だったが、これを発売してみたところ、それまでのエレクトロニクス製品の常識を塗り替えるペースで飛ぶように売れた。
海外出張の多い人は、2003年からの数年間、世界の主要都市で同時にiPodの象徴である白いヘッドホンをつけた人がものすごい勢いで増えているのを目の当たりにしたはずだ。



















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