「改正の議論の際、当時の政権が国会答弁で『在校時間は残業時間ではない。教員が好きでやっているだけだ』という趣旨のことを言い切りました。その言葉にどれだけ傷ついたか。
生徒が学校にいる間は生徒と向き合うのが仕事ですから、それ以外の業務は生徒が下校した後にやるしかないんです。私たちの時給を計算したら、その程度の手当なんて到底見合わない。ボランティアどころか、搾取されているとしか思えません」
「娘には絶対に教員になってほしくない」
そんな高田さんを、さらに複雑な思いにさせている出来事がある。娘が、母親と同じ「教員」の道を志し、教育学部に進学してしまったことだ。
「娘には本気で『教員になるのはやめなさい』と言っています。私は家族を犠牲にし、自分の時間を削って、なんとかこの仕事を続けてきました。そんな大変な働き方を強いられる場所に、自分の大切な娘を送り出したいとは思いません」
高田さんは母親として、子どもたちの前では努めて「楽しそうに仕事をする姿」を見せてきたという。これまで家族に職場の過酷さを語ることはなかった。
「子どもたちの前で私が見せている『教員』の姿は全体の1割程度に過ぎず、残り9割の闇の部分は、教員にならないとわかりません。子どもたちが小さい頃は、夜に一緒に寝落ちしてしまい、午前3時に起きてテストの採点やノートのチェックをしていました。保育園の送迎は家族に託し、子どもたちが起きる頃にはもう出勤している。そんな生活を自分の娘にさせたいはずがありません」
20年以上のキャリアを持つ身でありながら、「転職先が見つかれば、すぐにでも教員を辞めようと思っています」と高田さんは打ち明ける。
それでも彼女を現場につなぎ止めているのは、皮肉にも生徒たちへの純粋な愛情だ。
「子どもたちは本当にかわいいです。行事で共に肩を組んで喜び合い、卒業式の後に集団でお礼に来てくれる姿に『良かったなぁ』と思える瞬間があるからこそ、今日まで教員の仕事を続けてくることができました。でも、そのやりがいだけで乗り越えられる限界を、もうとっくに超えているんです」
高田さんの切実な訴えは、一教員の個人的な不満ではなく、日本の教育システムそのものが構造的に破綻していることを示す警告である。
文科省が既存制度の検証を十分に行わず、現場に「ビルド」を積み上げ続ける限り、教員が疲弊した末に現場を去っていく現状は変わらない。
「教員にも人間らしい暮らしをさせてほしい。私たちの環境が変わらなければ、日本の教育は本当に崩壊します」
そう語る高田さんの言葉は、今この瞬間も現場で耐え忍んでいる、全国の教員たちの声を代弁しているようだった。



