46歳で海外移住→69歳で"イギリス人夫"と死別 それでも日本には帰らず… 73歳女性《ヨーロッパひとり暮らし》のリアル
うつ状態が続き耐えられなくなった広子さんは一度、家を出ている。その頃、同じ村に住むスペイン人の友人が保証人になってくれ、車で30分ほどのサンタンデール市内にアパートを借りた。その住所は夫に告げなかった。
「6カ月間、離れて暮らしました。その時は、すごく自由になった気分でした」
それでも毎朝、携帯電話が鳴った。「なんで毎朝かけてくんの、って思ったけどね」と広子さんは笑う。
離婚は本気で考えていた。それでも、踏み切れなかった。同じ村の友人がカウンセリングも勧めてくれた。夫も応じ、ふたりで通い始めた。劇的な変化があったわけではない。ただ、第三者の前で言葉にすることで、お互い少しずつ自分自身が見えてきた。
「後から考えると、根底には、人間として好きな気持ちが残っていた。表面ではすごく喧嘩してたけど、やっぱりお互いに、この人しかいないって思ってたのかな。ほんとに嫌ならね、毎朝電話してきて、車出してとか言ってくる必要ないじゃない。歩くなりすればいいんだから。私もついついお世話を焼いてしまっていたし」
夫はずっと『第二のお母さん』を求めていた
夫の体に異変が出始めたのは、スペインに来てしばらくしてからだった。
もともと体が強いタイプではなかった。怪我が増え、やがて大きな脳梗塞を経験する。後遺症はなかったが、その後も大腿骨を2度骨折。手術をしても完全には回復せず、車椅子生活になった。
車への乗せ降ろし、庭への移動……そのすべてを、広子さんが担った。車椅子を車に積み、降ろし、夫を乗せ、また降ろす。坂道は車椅子を押す力では登れないから、車を坂の下まで持ってきて、夫を乗せて上まで運ぶ。腰が悲鳴を上げた。
「1年ほど続けて、このままだと私のほうが先に体を壊してしまうんじゃないか、と不安でした」
「振り返れば、彼はずっと『第二のお母さん』を求めていたのかもしれない。一人息子として母親に何でもしてもらって育って、結婚してからは私がいたでしょう。私自身も世話を焼いてしまうタイプだったから」
その構図が、介護によって否応なく表面に出た。



















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