スピードワゴン小沢「説明なき謝罪」で復帰声明、裏にある芸能界の力学 活動再開を阻む「旧来型危機管理」の限界

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メディアの起用判断という観点から考えると、この声明の不透明さはより深刻な問題をはらむ。テレビ局やラジオ局が出演起用を検討する際、最初に問われるのは「スポンサーへの説明が成立するか」という点である。スポンサーが求めるのは「あの件はどうなったのですか」という問いへの明確な答えである。

ところが今回の声明では、「あの件」が公式にどう整理されたのかが依然として不明確なままだ。事務所は当初「何ら恥じる点がない」と言い切り、その後に謝罪して自粛した。そして今度は「行動に対してお詫び申し上げる」と言って復帰を表明している。担当者がリスク管理の観点からその矛盾を問われたとき、答えに窮する状況が依然として続いていることになる。

小沢は「もう一度、漫才と真摯に向き合いたいです」と語っており、ライブに出演して相方の井戸田潤と共に漫才をすることから活動を再開するのではないかとも言われている。

芸人としての原点に立ち返って、小さな一歩から復帰を始めようとする姿勢には、一定の謙虚さを見て取ることもできる。しかし、繰り返しになるが、今後メディアに出演することも考えているのであれば、そこには依然として一定のハードルがあると言える。

「芸能界の力学」は世間では通用しない

「説明なき謝罪」が限界を迎えているのは、視聴者や世論が成熟したからではない。メディア環境の変容によって、あらゆる言葉が永続的な記録として残り、矛盾がリアルタイムで可視化されるようになったからだ。ジャニーズ問題に象徴されるように、「芸能界の力学」だけで社会的な責任を放棄して非常識な行動を貫き通すのは難しい状況になってきた。

小沢が先輩芸人への配慮で自由に動けなかった部分があることは理解できる。だがその制約を差し引いてもなお、現段階では今回の対応が十分に誠実なものであったとは言いがたい。小沢の活動再開をめぐる一連の流れは、芸能界に残る旧来型の危機管理が、現在の視聴者とメディア環境の中でどこまで有効なのかを厳しく問う出来事となっている。

ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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