日本でも人気高まる韓国の詩人・尹東柱、訳詩集にくすぶる「4文字」の誤訳論争
さらに伊吹は同じ文章の中で、見逃せないことも書き残していた。
尹東柱の実弟の一柱(イルジュ)が、伊吹訳の本を手にした時のことだ。伊吹は、日本語の訳文を一柱と一句一句確認しながら翻訳したと自著で説明していた。これが伊吹訳の正統性を裏付ける根拠の1つともなっていた。
ところが伊吹は、前出のスピーチ原稿で、自らこう明らかにしていた。
〈出来上がった詩集を手にされた一柱先生が辞書を調べて、日本語では逆の表現になるのかとつぶやかれたことが印象に残っている。「いきとしいけるもの」についてである〉
訳を読み合わせ、確認したはずの弟は、詩集が完成したあと「生きとし生ける」とした伊吹訳に驚いていたというのだ。だからといって抗議したり、詩集の販売中止を求めたわけではなさそうだが、この部分の訳し方が心に引っかかっていたのは間違いない。ここまでして「意訳」する必要があったのか、私はあらためて疑問を感じた。
「尹東柱を偲ぶ会」の朴熙均(パク・ヒギュン)会長は、同志社に碑の設置を実現するため奔走した1人だ。同志社大学のOBでもある。いまも、時間を見つけては詩碑を見守り、訪れる人に声をかける。
「詩碑を建てる時には、全訳は伊吹さんのものしかなかった。しかし原詩の持つ本来の文脈を知る者としては伊吹さんの翻訳に対する姿勢は受け入れがたい部分もある」と話す。
さらに「生きとし生ける」の訳については「『誤訳』とは言えないにしても、『意訳』の範囲を超えているのではないか。詩の本質的な解釈を歪めていないか、私自身、今も考えている」と苦渋の表情で語った。
植民地支配に対する認識のズレ
伊吹訳をめぐる論争は、尹東柱の命日(2月16日)にちなんで2026年に立教大学で行われた追悼式でも取り上げられた。さらに、経緯を検証する学術論文や、本も最近出版された。
この長い論争がわれわれに突きつけているのは、単なる訳の問題ではない。さらに深い問題もはらんでいる。
前出の徐京植は、原文と離れた訳語が日本でひとり歩きしていることについて「尹東柱という詩人の生涯や作品に関わる解釈のズレにとどまらず、植民地支配という現実そのものに対する認識および感性のズレを示唆している」(母語という暴力―尹東柱を手がかりに考える)と指摘している。
日本人は朝鮮半島における日本の過去の行為を直視しているのか、という問いでもあるだろう。
言葉を奪われた中でハングルの詩を書き続けた詩人の本心は、もうわからない。ただ少なくとも詩のわずか4文字をめぐり、こんな論議が日本で今も続いているのかを考えてみたい。韓国文化に興味を持つ若い世代が増えている中で、尹東柱の詩の翻訳をめぐる論争は、むしろ貴重な歴史教育の教材になるかもしれない。
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