日本でも人気高まる韓国の詩人・尹東柱、訳詩集にくすぶる「4文字」の誤訳論争
2025年、立教大学(東京都豊島区)のキャンパスにも記念碑が設置された。同志社の碑には伊吹訳による序詩が採用されたが、立教は別人の翻訳による「たやすく書かれた詩」という作品を選び、刻まれている。
尹東柱は韓国では、誰でも知っている著名人だ。韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領は、自伝の中で貧しい少年時代、尹東柱の詩を読んで自らを鼓舞していたと述懐している。最近では英語、中国語、フランス語、チェコ語などにも訳されている。植民地支配の中でも、自分たちの言葉を守り、詩を書き続けた姿に感動する人が多いという。
詩人の弟は論争の部分の翻訳に驚き
筆者は取材の過程で、伊吹が書き残した文章を発見した。2018年に立教大学で行われた詩人の追悼式に講師として招待された際のスピーチ用の原稿だ。実際は式を欠席しており、原稿だけが残った。その中で伊吹は、どうして「生きとし生けるもの」という訳をつけたか、あらためて説明していた。
〈この詩(序詩のこと)が書かれた時代背景とか作者の周辺事情とかその後の運命とかを詩に持ち込むのは思い込みで、それは詩ではなくなり、なにかほかのものを読むことになる(中略)時のへだたりや空間の広がりも包み込むような訳にできれば、思いの切なさやその重層性、あるいはそのかなしみの深さが伝わるのではないか。そのようなことを考えて「生きとし生けるものをいとおしまねば」としたのである〉
つまり、詩の解釈は、文字上だけで十分であり、他の要素を考えることは間違いだという見解だが、同意できる人は多くないかもしれない。そもそも伊吹は、最初に序詩を翻訳し、雑誌に発表した時には「すべての死にゆくものを愛さなくては」(雑誌『記録』1982年6月号)と、素直に訳していた。
さらに、自分の訳が教科書に掲載されることに関し「教室で若者に読まれることによって(中略)加害の歴史や情況に思いおよぶきっかけになるかもしれなせん」(『ちくま』1990年4月号)とも語っていただけに、大きな変わり様だ。
伊吹をよく知る人は「自信を持って世に問い、賞賛された訳が強い批判にさらされ、晩年、発言が過激になっていった」と振り返る。



















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