日本でも人気高まる韓国の詩人・尹東柱、訳詩集にくすぶる「4文字」の誤訳論争

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私は、この論争に関心を持ち、関係者の間を歩き、資料を集め、読み直した。

残念ながら伊吹氏は2年前に他界している。伊吹郷はペンネームで、生前、自分の本名をほとんど明らかにしていない。1985年に韓国KBSの番組に直接出演し、尹東柱の人生をたどっている。その時の映像を入手して確認すると「早稲田大学客員 尹東柱研究者」と名乗っていた。

都内に住む親族によれば、「韓国語は独学で学んだと聞いている。もともとは理系で、千葉県で一時中学の数学の教師をしていた」という。本人は韓国の釜山女子大元教授、朝鮮文学研究者を名乗っていたが、所属していた韓国の大学(現・新羅大学)に確認したところ、「日本語教育学科に講師として3年勤務していた記録がある」(人事担当者)との回答だった。

千葉に住む伊吹氏の遺族は、「翻訳書がすべてなので、お話しすることはない」として取材に応じてもらえなかった。

翻訳本は知らぬ間に絶版

出版元の影書房は、名編集者の松本昌次が創業した中堅出版社だ。朝鮮半島関係の本も多数出版している。伊吹氏の翻訳書は確認できただけで初版が8刷、2版が4刷を重ねている。外国詩人の詩集としては異例の売れ行きといえ、同社のロングセラーだった。

ところが、同社のサイトでは理由の説明もないまま品切れとなっている。増刷もされておらず事実上の絶版になっていた。筆者の問い合わせに、同社社長の松浦弘幸は「一連の事情は外に出せない」と回答を避けた。

かつて同社に勤務し、伊吹氏の翻訳書に関与した元編集者の1人は、絶版の事情について「伊吹さんは詩集が増刷されるたびに反論文の追加掲載を求め、難色を示す影書房と対立し、けんか別れになった」と説明した。

訳文論争の決着がつかないまま、一方で尹東柱の人気はさらに高まっている。岩波文庫からは尹東柱の翻訳(金時鐘訳)が出版され、古今東西の古典がひしめく同文庫で、売れ行き100位前後を占めている。ちなみに岩波文庫版は、「生きとし生けるもの」の部分について「すべての絶え入るもの」と原文に沿った翻訳をしている。

今も尹東柱の詩は、全体的に見れば、響きのよい、練られた日本語で構成されている伊吹訳で広く読まれている。2025年には、福岡の出版社から伊吹訳の一部を復刻した本が出版された。伊吹訳を惜しむ人たちが協力して実現したものだ。訳に論争があることも勘案して、詩のハングル原文もつけられている。

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