「三好三人衆の猛攻で危機」 本圀寺の変で急ぐ織田信長が"文句言う運送業者"を殺さなかった理由
では、信長はこの問題をどのように解決したのでしょうか。我々が抱く信長のイメージでは、文句を言う馬借を成敗しそうですが、実際の信長はそのようなことはしません。
「言い争う運送業者」信長がとった行動は…
信長は馬から下りて、荷物を一々、点検し始めたのです。馬借らが言うように、本当に荷物の負担に不平等があるかを自ら調べ始めたのでした。
その結果、信長は「(荷物は)同じ重さなり。急ぎ候」との判断を下します。信長は最初、奉行のえこひいきにより、荷物の負担に差が生じたと感じ点検したようですが、実際には差はなかったようです。
馬借たちは、まさか信長が下馬して、自ら荷物を点検するとは思わなかったでしょう。信長は合戦前に自ら馬を飛ばして地形や情勢を確認することがありましたが、今回の事例も自らの目で物事を確認したい信長の性向をうかがうことができます。
問題解決し、再び進軍する信長軍ですが、前述したような大雪で、人夫ら数人が凍死したとのこと。本来ならば岐阜から京都は3日はかかるところですが、信長軍は2日で入京を果たします(1月10日)。
その時の信長の伴はわずか10騎ばかりだったと言います。軍勢はもっといたでしょうが、信長は馬を飛ばして少人数で駆け付けたのでしょう。しかし、三好勢との戦は既に終わっていました。本国寺に急行し、義昭と対面した信長は、守備の堅固を喜び、味方の武勇を称賛するのでした。
(主要参考文献一覧)
・池上裕子『織田信長』(吉川弘文館、2012年)
・桐野作人『織田信長 戦国最強の軍事カリスマ』(新人物文庫、2014年)
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)
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