神戸地下鉄北神線「異例ずくめ」な路線誕生の背景 駅は「日本一高く」なったが運賃は大幅に下がった

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結果として三田から神戸方面への輸送人員は想定に届かず、北神急行電鉄は88年の開業当初より赤字が続き、建設費の負担も重く債務超過に陥った。

2002年には債務超過がピークの約280億円に拡大。そこで筆頭株主である阪急電鉄と神戸電鉄に加え、国交省、兵庫県、神戸市、金融機関が再建のための枠組み「再建スキーム」を実施した。

三田方面から谷上駅へ到着する神戸電鉄有馬線の電車。沿線では住宅地の開発が進められてきた(編集部撮影)

上下分離方式で改善図る

当時としては、まだ珍しかった上下分離方式を導入。神戸都心で阪神・阪急・山陽・神戸電鉄を接続する線路を保有する神戸高速鉄道が、北神急行の線路などの鉄道施設も所有・管理することにした。

北神急行電鉄は鉄道の運営だけを担う会社へと衣替え。売上高に当たる営業収益は年20億円強で、県と市による2億〜3億円の補助金を受け、1億円程度の当期純利益を計上できるようになった。

北神急行電鉄の経営が改善し、わずかながら黒字化によって債務超過の解消に向かうかに見えた。

ところが沿線住民の減少や不況などで神戸電鉄の業績が悪化。2007年には北神急行電鉄を支援できなくなり、阪急が急遽100億円を追加融資する事態に。これを機に北神急行電鉄は阪急電鉄の関連会社から子会社に転じた。

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