神戸地下鉄北神線「異例ずくめ」な路線誕生の背景 駅は「日本一高く」なったが運賃は大幅に下がった
トンネルの長さは7276mで、当時の私鉄トンネルとしては最長だった。六甲山は破砕帯が多いうえ山陽新幹線の真下を通ることなどもあり難工事だった。
当初87年に想定していた工事の完成は1年遅れ、北神急行電鉄北神線は88年4月に開業した。当初から運行形態は神戸市営地下鉄西神・山手線と一体で、開業とともに相互乗り入れを開始した。
開業後には事業環境が一変
しかし80年代になると宅地開発が一巡したことで、90年代には神戸市北区の人口も頭打ちになる。さらに国鉄が87年の民営化を控えて、通勤路線としての福知山線(現在のJR宝塚線)のテコ入れを本格化した。
三田市は80年代から90年代にかけて急速に人口が増えたが、通勤の輸送需要は主として利便性が大幅に改善した大阪方面が増加し、JRを使う人の流れになった。





















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