「容貌は婦人のようだった」大河ドラマ「豊臣兄弟!」で異彩を放つ"竹中半兵衛"敵に回すと怖いワケ

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半兵衛が戦場での経験を「戦物語」として語っているときのことだ。まだ幼い息子の左京が席を立つと、 半兵衛 はこう問いただしたのだという。

「戦(いくさ)は国の大事である。その話の途中でどこへ行こうとしているのだ」

息子の左京が「厠(かわや)へ参ります」と答えると、 半兵衛は激怒。「この場に小便をたれても、軍物語の大事な席を立つ奴があるか」と言い放ったとか。

父親としてはなかなか厄介そうだが、自身がそれだけのストイックさで戦に向かっていたということだろう。

少人数で成功!「稲葉城の乗っ取り」伝説

竹中半兵衛の逸話として最も知られているのは、稲葉城の乗っ取りだろう。

『武功夜話』に「軍略に長け、己の才略すきに任せ、稲葉御城に隙あるを憂い、小人数をもって乗っ取り、耳目を驚かす事あり」とあるように、少人数の軍勢を率いて、斎藤龍興の居城である稲葉山城を襲撃。龍興の取り巻き6人を討ち取っている。

奇襲を受けた龍興は慌てて逃亡し、半兵衛が稲葉山城を占領することとなった。

そのきっかけとなったのは、またも「小便」がらみだったという。ある日、櫓(やぐら)にいた龍興の取り巻きの家臣が、あろうことか、登城する半兵衛の頭に小便をひっかけた。このトラブルを発端にして、半兵衛は反旗を翻すこととなる。

だが、半兵衛ほど「逆上」が似合わない男もいない。たとえ小便をかけられたとしても、自身への仕打ち自体よりも、取り巻きがそれだけ増長している有様に、美濃の行く末を案じて、思い切った行動に出たのだろう。

というのも、美濃の龍興は政務に不熱心で酒に溺れる日々を送っていた。重用する家臣も、かつての重臣ではなく、自分のお気に入りばかり。これでは国は乱れるばかりだと、周囲の誰もが危惧したという。

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