原発事故から15年。原発推進の風潮にあらがい、営農型太陽光発電で「エネルギー自給自足」を目指す被災者たち。その苦闘と希望への道のり
しかし、そんな苦しい生活の中でも、原発事故の被害を経験したことで、近藤さんには目標ができた。
「自分は自給自足できている、と思っていましたが、砂上の楼閣でした。軽油がないと農機具を動かせない。電気が来ず温度管理のできなくなったハウスは単なる箱にすぎない。農家は生産活動ができなくなる」(近藤さん)
自分はエネルギーを自給できていなかった、という「決定的な敗北」を味わった。
ならば、エネルギーを自分たちで作れるようになりたい――。
大内さんに相談したところ、彼も同じ思いだった。大内さんは、「コンセントを差し込めば機器は動き、スイッチを入れれば明かりがつくことが当たり前。そのエネルギーがどこからくるのか、深く考えもしなかった。原発は危険だと認識はしていたが、国や東電の安全神話をうのみにし、何も行動を起こしてこなかったことを反省している」として近藤さんに賛同し、2012年冬に二本松有機農業研究会にエネルギー部会を立ち上げた。
エネルギー自給を実現する「営農型ソーラー」という解
部会では当初、太陽光発電に否定的な意見が多かった。山が削られて太陽光パネルが取り付けられている状況が散見されたためだ。大内さんも「太陽光パネルで環境や景観を壊しているのを目の当たりにした。20年後にパネルをどう処分するかとの疑問もあり、太陽光発電は再生可能エネルギーではないと感じていた」と話す。
一方、バイオマス発電の可能性も探り、他県の施設を見学に行ったが、初期費用やランニングコストが高く、実用化は難しいのではという懸念があった。
近藤さんは再エネにかかわりたいと、福島県飯舘村でその普及に取り組む飯舘電力に就職。市民出資型の太陽光発電設置を進めていった。同県川俣町では「営農型ソーラー」を設置するのを手伝った。
「営農型ソーラー」とは、作物が育っている畑の上に太陽光パネルを設置するものだ。
大内さんはこれを視察し、大きなポテンシャルがあると直感した。
「山を削らずに農地にパネルを取り付ける方法があるんだ。そもそも農地は、日当たりの良い土地にある。狭い日本で農地を上下で効率的に使える」(大内さん)
さっそく大内さんは自分の農地に太陽光パネルを設置した。
私は小麦の収穫時に取材に行ったが、大内さんが運転するコンバインが営農型ソーラーの下に悠々と入り、小麦を刈り取っていった。
日照が遮られることで収穫量の減少が懸念されるが、作物によってはむしろ日影があるほうが収穫量は増えるというデータも他の農地では出ている。





















無料会員登録はこちら
ログインはこちら