世界に民主化の流れをつくった「ピープルパワー革命」から40年/先頭ランナーのフィリピンはその後なぜ周辺国に劣後したのか
40年前のフィリピンに高層ビルは1つもなかった。それがいまマニラ首都圏では150メートル超級が200棟以上。東京と同等あるいはそれ以上の集積である。
政変前年の85年、小売り大手のSM(シューマート)が首都圏ケソン市に開設した大規模商業モールを皮切りに、同社は現在、全国で89カ所のモールを展開する。他の財閥のモールを合わせると850カ所ともされるが、どこも大勢の人々でにぎわっている。
一見、順調な発展ぶりのようだが、近隣諸国を見渡すと違う見立ても浮かぶ。
例えば、多くの家族がモールで週末のひなが一日を過ごす背景には、安全で空調のきいた公共空間が少ないことや、渋滞がひどくて他の場所への移動が困難という事情がある。
東南アジアの「先進国」から「後進国」へ
シニア時代の84年12月、東南アジアの他国に先駆けて延長15キロメートルの高架都市鉄道が首都圏に開通した。現在は3路線で55キロ。一方、渋滞で名を馳せたバンコクは1999年に高架鉄道を開通させ、現在は地下鉄も含めて8路線170キロに延伸している。
ASEANの主要6カ国(インドネシア、シンガポール、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)のうち、大量に人を運べる地下鉄が今に至るまで開通していないのはフィリピンだけだ。ジャカルタ、ハノイ、ホーチミンでも近年開通した。
都市の渋滞を調べる各種レポートで、マニラ首都圏はいつもワーストの上位にランク入りする。アジア各地を旅した私の感覚では東南アジアの中で最悪である。人口に比して交通インフラの整備が最も遅れているからだ。
空港もお粗末だ。国の玄関であるニノイ・アキノ国際空港に滑走路は2本あるが十字に交差しており発着数は限られる。到着便の上空待機や離陸待ちは常態化している。
4つのターミナルビル間は、不定期のバスかタクシーで移動するしかなく、乗り継ぎ時間を計算できない。空港職員が乗客の荷物に弾丸を入れて脅したり、金銭を盗みとったりする事件がたびたび報じられるなど、アジアの首都にある空港の中で、最低の運営水準と断じることができる。




















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