ポリコレ疲れが追い風に? 批判浴びる「嵐が丘」の白人起用が、興行的に正解だった理由

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ヒースクリフは子供の頃から「自分はほかと違う」と意識させられてきた。彼がやがてアーンショウ家で下働きの身分に落とされても、肌の色のせいもあり、外からはそう不自然に見えない。

フェネルのバージョンはキャシーとヒースクリフの熱愛に焦点を当てているとはいえ、そもそも『嵐が丘』は、ヒースクリフが生涯持ち続けた強烈な復讐の念の話だ。彼が「よそ者」であることは、重要なポイントである。

それをなぜわざわざ白人俳優に演じさせたのか? それも、よりによってこの時代に。

「多様化」への圧力に晒されてきたハリウッド

言うまでもなく、この10年、ハリウッドは、「多様化」へのプレッシャーを受け、積極的に違った人種をスクリーンに出そうとしてきた。実際、フェネルも、この『嵐が丘』で、家政婦ネリーをベトナム系アメリカ人のホン・チャウに、キャシーが結婚する裕福な男性エドガー・リントンをパキスタンの血を引き継ぐシャザド・ラティフに演じさせている。

だが、俳優ならば誰もが演じたいと思う複雑な心理を持つおいしいキャラクター、しかも原作でわざわざ「浅黒い」とされているヒースクリフは、白人俳優に与えたのだ。

メジャースタジオの映画でマーゴット・ロビーの恋のお相手を務めるという、キャリアにおいてまたとない機会に、有色人種の若手俳優たちは、挑戦することすらかなわなかったのである。

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