相性は性格によって最初から決まっていて、それは変えられないものだ――。こういう考え方ははっきり誤りだといっておきたいと思います。
それでも、「運命の相手だ」「生まれたときから出会うことが決まっていたんだ」と思うことはあります。それは決まっているというよりも、出会ったときの感情や出来事が強く記憶に刻まれ、その後の解釈によって「最初からそうだった」と感じられる現象でしょう。
昨今、人間関係で苦労する人が多いのは、自分のことを最優先にした人間関係を構築しようとしているからではないでしょうか。自分のことばかり考えて、自分にぴったりの相性のいい人だけと付き合っていきたいと思っている人が多くなっているような気がします。
相手も同じように考えていたとしたら、それほどぴったりくる人を探し出すのは相当可能性が低いことですし、仮に見つかったとしてもお互いの利益が相反したときのダメージが大きいので関係は長続きしないはずです。
お互いが相手のことも思いやって、お互いの幸せを探していくような努力なしには人間関係は長続きしません。
どちらかがどちらかに依存している状態は、友人関係にしろ、上司部下の関係にしろ、親子関係にしろ、必ず寄りかかられている側の人の負担が大きくなり、短期的には成立しても長期的には成り立たなくなるはずです。
相手に少し合わないところや、嫌なところもあるけれど、全体としては好意を持っていて多少のことなら許すことができる。それは裏返せば自分も許されるということであり、そうして許容し合える関係こそが、「相性のよさ」といえるのではないでしょうか。
相性ばかり気にする人の問題
そもそも相性がいいかどうかは、実際に会ってみて、関係性を持ってみてどうなるかであって、相性が悪いなと思ったあとに関係性をつくる努力をすることでよくなることもよくあります。
相性というものが性格であらかじめ決まっていると思っていると、そのあとの関係性構築の努力を放棄することになってしまいます。相性がいいのだから、努力しなくてもよい関係でい続けられるだろうと思っていると、そのあと疎遠になったり、すれ違いが生じたりしていきます。
逆に、相性が悪いのだから努力しても無駄だといって、その人との関係を早々に見限ってしまうのも、そのあとに関係性がよくなるかもしれない可能性を潰すことにもなります。
その人と本当によい関係を持ちたいのであれば、それなりに努力する必要があるはずです。何も気を使わなくてもよい恋人や友達であっても、最低限の礼儀とか敬意を持って接していないと関係は続きません。
そういうことも含めて、努力でどうにかできるのが人間関係であると思っておいたほうがいいのではないでしょうか。少なくとも、そういう考えを持っている人のほうが人生は豊かになると思うのです。





















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