運命の相手」を"相性重視で探す人"が損する理由――心理学者が語る「性格診断の信憑性」と「科学的に見た相性の正体」

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例えば、夫婦が子どもをつくることを優先するのか、2人の生活を優先するのか。子どもができたらできたで、子どもを優先するのか、2人の老後のためにお金を蓄えることを優先するのか。

日常的に食事を優先するのか、睡眠を優先するのか、などといった生活のあらゆる場面で関わってきますから、ある程度、2人の価値観が類似しているほうが意見の相違が少なくなるので、関係はよくなりやすいということは想像できそうです。

しかし、だからといって「価値観が似ている」ということが「関係性がよい」ことに直結するというわけでもありません。

やはりここでも、関係性がよいか悪いかは、実際の関係の中での満足度や関係の継続で確認されるのです。そして、「価値観が類似していることは関係性に影響を与える」としても、決定的な影響力を持つほどの数値が研究で見いだされているわけではありません。

ここでいう「類似」にはいろいろあります。

例えば、5教科のうち、Aさんはほかの教科が80点で、国語が100点だから国語が得意だというかもしれませんが、国語は50点だけれど、ほかの教科が30点のBさんの場合でも国語が得意だということはできます。

国語の点数がAさんは100点でBさんは50点だけれども、国語が得意という点では類似していることになります。

全教科80点のCさんがいたら、国語が50点のBさんよりも80点のCさんのほうが、Aさんと類似しているということもできます。

ですから、何に基づいて似ているのかが問題になってくるのです。

例えば、学生のみなさんは同じ大学に通っているだけで、互いに類似しているといえます。なぜなら世の中には100万人ぐらいの同級生がいるのに、そのなかでも同じ大学を選んでいるからです。しかも、選抜試験を受けて入っているわけで、学力も似通っています。

「類似している」というときには、何と比べて似ているか、どの観点で似ているかを考えないといけないのですが、そういう点は詳しく考えずにイメージで性格が似ているかどうかを議論してしまうと、性格の相性の話も的を射ないものになってしまいます。

まとめると、ここでいう「似通っている人のほうが関係性がよい」というのは、まったく無関係の人に比べれば、何か共通点がある人のほうが類似しているということができ、そのほうが関係性はよくなるという意味です。しかも、影響の大きさは決定的なものではないのです。

「性格で相性が決まる」は誤り?

では、生まれつき相性のよい相手、悪い相手がいるということはありえるでしょうか。

百歩譲って性格的に相性のよしあしがあるとしても、性格は遺伝から受ける影響と、環境から受ける影響それぞれほぼ半々で形成されるので、生まれつき相性のよしあしが決まっているということはありえません。

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