最短で答えを求めない「スルーしない人生」の正解――効率を求めがちな社会で、あえて「問い続ける」人がつかむ"運"と"得"

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でも、それではあまりにもったいないと思うのです。

たしかに何も問わず、何も考えなくても生きていけるかもしれません。ただそれは、与えられたことをなんの疑問もなしに受け入れ、こなすだけの日常です。あたかもコンピューターのような。

はたしてそれでいいのでしょうか。

人間にはせっかく高度な考える能力が与えられているのですから、それを使うのは使命であるように思うのです。何より、考えるのはとても楽しいことです。それになぜ、推理小説やクイズ番組が人気なのでしょうか。本当はみんな、考えたいのではないですか?

かつてフランスの哲学者パスカルがいったように、人間は「考える葦」です。放っておいても、何か考えてしまう生きものなのです。

ところが大人の世界は答えに満ちてしまっている。しかも与えられた答えです。社会の常識、前例、マニュアル、Google、AI……。

気になったことがあっても、考えることをすっ飛ばして答えだけ手に入れようとする。そんな生き方がおもしろいはずありません。もし、子どもの頃は毎日が楽しかったのに今はつまらないと感じているなら、それは問うことをやめてしまったのが原因の1つではないでしょうか?

スルーしない生き方をする

人は感動や驚きを求める生きものです。それがないとわかってしまうと、途端につまらなくなります。

現に映画でもマンガでも、ネタバレされてしまうと見る気がなくなりますよね。そう、私たち大人はそんな「ネタバレ社会」を生きているのかもしれません。

ところが実際には、すべてがわかっているわけでも、見えているわけでもありません。世界はそれほど単純ではないのです。

私たちは答えらしいものを与えられているにすぎず、物事の本当の姿をまだ誰も知りません。何千年経とうと、何万年経とうと、いまだに人類の中で新発見があるのは、そうした理由からです。だから日常をスルーしていてはもったいないのです。世界はこんなに謎に満ちているのに。

「スルーしない生き方」は、新幹線や飛行機で目的地に行くのをやめて、路線バスや自転車で向かうことに似ています。

途中の景色を眺めながら、気になったスポットがあればふらっと立ち寄る。そんな旅のようなもの。目的地に行くことだけでなく、そのプロセスを楽しむということです。

スルーしないことで得をすることはたくさんあります。旅でいうと、美しい景色を見ることができたり、美味しいものを食べることができたり、素敵な人たちに出会ったり。その中にはセレンディピティと呼ばれる偶然の出会いもあることでしょう。

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