最短で答えを求めない「スルーしない人生」の正解――効率を求めがちな社会で、あえて「問い続ける」人がつかむ"運"と"得"

✎ 1 ✎ 2
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
問いの対象
『なぜ、何も思いつかないのか?―自分の頭で考える力がつく「問い」の技術』より(イラスト:ハザマチヒロ)

それにしても、いつから私たちはこんなに問うことをしなくなってしまったのでしょうか? 

イギリスのジャーナリスト、イアン・レズリーによると、著書のタイトル『子どもは40000回質問する』のとおり、子どもは1日のうちに数えきれないほどの問いを投げかけているといいます。

とりわけ小学校に入る頃くらいまでは、誰もが好奇心の塊ですから。一瞬頭に浮かんだちょっとした疑問から、深く考え込んでしまうような深刻な問題まで、さまざまな質問が次々と湧いてくるのだと思います。

みなさんも記憶があるのではないでしょうか。「この石はどうしてこんな形をしているんだろう?」とか、「どうして勉強をしなければならないんだろう?」とか、あるいは「死んだらどうなるんだろう?」などと質問した記憶が。もしかしたら、今でもそう思うことはあるのかもしれません。

「考える機会」が減っている

しかし、少なくともそれを問いとして時間をかけて考える機会は減っているのではないでしょうか。

そこが問題なのです。

子どもの質問といっても「なぜ勉強するのか」「死んだらどうなるのか」という問題は、実は大人にとっても非常に重要なことです。にもかかわらず、問い、考えることがなくなっている。

おそらくそれは、時間に追われているからだと思います。あまりにも忙しくて、気になったことも、そして大事なことさえも考えない生き方をしてしまっているのではないでしょうか? 

そうすると必然的に好奇心も失われていきます。

次ページ人間が「考える」のは使命
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事