高市首相の「働いて」を無にする《側近たちの暴走》、政権に漂い始めた第1次安倍"短命"政権と同じ臭い
実際に、7日の衆院予算委員会の開催は5日の正午の議院運営委員会理事会で決定されており、野党の質問通告は前日正午ごろまでに完了。決して「遅い」というわけではなかった。
木原官房長官は国光外務副大臣に「注意」したが、反省には至らなかったようだ。早速12月6日に配信されたネット番組で、国光氏は「厚生労働官僚時代に小西洋之参院議員から10分しか持ち時間がないのに、50問の質問通告を受けた。おかげで2歳の子どもの子育てができなかった。それで辞めた女性官僚もたくさんいる」と詳細に述べた。
しかし、当時は民主党政権で小西氏は与党側であったこと、また小西氏は当時厚労省に質問通告していないため、国光外務副大臣の主張は事実ではないことが判明した。
国光氏は木原官房長官からは「厳重注意」を受け、すったもんだの末、ようやく16日に小西氏に「謝罪文」を手渡した。だが、「デマ発言」について国民に説明をしないまま、Xのアカウントを削除。政治家としての責任から逃げたといえる。
想起させる第1次安部“短命”政権
こうした例は、06年9月に成立した第1次安倍晋三政権を思い出させる。当時、農林水産相だった松岡利勝氏は、資金管理団体の事務所を家賃がいらない議員会館内に置きながら、05年の政治資金収支報告書に「事務所費」として3359万円を計上。また、本来は無料のはずの議員会館内の光熱費についても、同年の収支報告書に507万円と記載した。さらに農水省所管の独立行政法人「緑資源機構」の官製談合問題も発覚し、松岡氏は議員宿舎で自死を遂げた。
その後任(正しくはその間に環境相だった若林正俊氏が臨時代理を務めた)となった赤城徳彦農水相(当時)も、林業関係の政治団体「林土連懇話会」からの寄付の未記載問題、国から補助金を交付された社団法人中央酪農会議からの献金を受領していたことが発覚。政党支部と後援会で郵便代金の二重計上や、経費の付け替えも見つかった。
さらに、事務所としての実態のない父親の自宅に事務所経費を計上していたことも明らかになり、赤城氏は農水相就任からわずか2カ月で辞任に追い込まれた。
そればかりではない。「原爆投下もしょうがない」発言で久間章生防衛相がその職を追われ、実態のない巨額の事務所経費が発覚した佐田玄一郎規制改革担当相も辞任した。第1次安倍政権が1年ももたなかった根本的原因は、こうした「身内」による不祥事の続発にあった。
身内の不祥事が重なると、いくら強靭なリーダーシップをもっても乗り切ることは不可能になる。それを防ぐには、“問題の芽”を摘み取るしかない。次期通常国会が開会予定の26年1月23日までに、高市政権は立て直しできるか。残された時間は1カ月だ。
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