「豊臣兄弟!」の主役・豊臣秀長の"思慮深さ" 冷酷な兄の隣で生き残った関係性の深層

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その視点から考えれば、秀長という人物は、秀吉にとって大きな利用価値があったのでしょう。つまり「秀吉が大切にしたから秀長は優れた人物だった」というより、むしろ「大切にされていたという事実が、秀長が秀吉にとって役に立つ人間だった証拠である」と考えるべきでしょう。

困ったことに、秀長自身の人物像については史料が乏しく、はっきりしたことはわかりません。それでも想像するに、秀吉に欠けていた部分、特に政治的な局面を支える役割を担っていたのではないでしょうか。

二人の関係を考える上で参考になるのが、室町幕府を築いた足利尊氏と弟の直義の兄弟の関係でしょう。

秀吉と秀長の性格の違い

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尊氏は軍事を、直義は政治を担当し、両輪を回すかたちで幕府を運営していました。この二人は最終的に争いを避けられませんでしたが、秀吉と秀長の場合は衝突を回避できた。それは、秀長の思慮深さがあったからこそだと思います。

もし秀長が秀吉のように利に聡い人間で、前に出すぎる自己主張の強い人柄ならば、容赦なく秀吉に排除されたでしょう。そうならなかったのは、秀長が一歩引いて振る舞う術を心得ていたからにほかなりません。だからこそ兄弟の関係は保たれ、秀吉の天下も盤石なものとなったのです。

それにしても、こうして見ていくと、やはり秀吉という人物はつかみどころがありませんし、どこまでも理解しがたい存在だと感じてしまいます。

秀長の一番の才能は、もしかしたらこの兄を理解し、上手に付き合う術を誰よりもわかっていたことなのかもしれません。

本郷 和人 東京大学史料編纂所教授

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ほんごう かずと / Kazuto Hongo

1960年、東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授。文学博士。東京大学、同大学院で、石井進氏、五味文彦氏に師事。専門は、日本中世政治史、古文書学。『大日本資料 第五編』の編纂を担当。著書に『日本史のツボ』『承久の乱』(文春新書)、『軍事の日本史』(朝日新書)、『乱と変の日本史』(祥伝社新書)、『考える日本史』(河出新書)。監修に『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)など多数。

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