「PoC止まりの壁」を突破するAI戦略構築の要諦 AI Readyな組織体制と活用事例に学ぶ実務論

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TIS株式会社 川満 俊英 氏、阿部 一彬 氏、今村 知浩 氏、藤田 亮 氏、吉原 則彦 氏、香川 元 氏、羽田野 大樹 氏、富田 大喜 氏
今や、多くの企業で注目されているAI活用。一方で、ビジネス成果につなげられず、「PoC(概念実証)止まり」になっているケースも多い。停滞を突破し、企業の競争力へと昇華させるためには、どのようなAI戦略を構築すればいいのか。この重要な課題に正面から向き合い、技術提供にとどまらず企業の変革パートナーとして、AIの導入から開発、実装までワンストップで対応しているのがTISだ。その知見を広く提供するため開催した全4回(8講演)のセミナー「“コンサル×AI”で企業変革の実現における課題を解く」の内容をリポートする。

意識醸成プラス「ROI重視」のアプローチが必要

そもそも、なぜAI活用が求められるのか。セミナーの最初の講演「AIによる競争優位性の確立:成果につなげる戦略と環境づくり」に登壇したTIS ビジネスイノベーション事業部ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 部長の川満俊英氏は、まず時代の変化に言及した。

TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 部長 川満 俊英 氏
TIS株式会社
ビジネスイノベーション事業部 ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 部長
川満 俊英

「VUCA」から、さらに予測困難で理解不能な「BANI(バニ)」の時代を迎えているため、変化をいち早く察知し、迅速かつ柔軟に対応する「アジリティ」がより求められるようになったと指摘。だからこそ、リスク検知や複雑なデータ分析が迅速にできるAIとの共存が不可欠な武器だと述べた。

しかし、グローバルに比べて国内企業の生成AIの活用は今ひとつ進んでいない。TISが2024年に実施した調査によれば、全社的導入は21.9%にとどまり、「PoC止まり」で経営へのインパクトがある成果を出せていない現状がある。

では、成果を出すにはどうすればいいのか。川満氏は「多くの企業で取り組んでいる意識醸成型では成果が限定的なため、ROI重視型のアプローチも両輪で進めるべき」と提言。費用対効果が最も高い領域へ戦略的にAIを導入することで、経営へのインパクトも期待できると力を込めた。

そして、課題の特定にはシステムのログデータを客観的に分析するプロセスマイニングの手法を取り入れるほか、データサイエンティストだけでなくビジネス部門と技術部門の「橋渡し人材」となる「アナリティクス・トランスレーター」を育成していくことが、プロジェクト推進のカギを握ると指摘。また、セキュリティやガバナンスを整備して全社で安全にAIを活用できる「AI Ready」な環境整備も重要だとした。

AIの全社展開、成功企業に共通する要素とは

現在のAI活用状況はどうなっているのだろうか。TISの調査結果を定期的に発表しているレポートをもとに、講演「国内生成AI市場の動向に見る効果的な全社展開の要諦とは?」でトレンドを明らかにしたのがTIS ビジネスイノベーション事業部 ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 マネージャーの阿部一彬氏だ。

TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 マネージャー 阿部 一彬 氏
TIS株式会社
ビジネスイノベーション事業部 ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 マネージャー
阿部 一彬

阿部氏は、2025年9月に発表したレポートで、2年前はPoC/実験的導入が40%だったのが直近1年では特定業務・部門利用が49%と、実運用へシフトしていると指摘。

ユースケースも、2年前は議事録作成や文章要約などの作業効率化が4割以上を占めていたのが、直近1年では業務プロセスの自動化が4割以上を占めるようになり、サービスへの組込みなど新たな価値創出の割合も増えていると説明する。

この潮流に乗り、全社展開を成功させる要諦として、阿部氏は3つのポイントを挙げた。安全な利用環境を整える「セキュリティガバナンス」、社内の知見を集約・教育する「ナレッジ」、そして最も重要なのが、経営層直轄の推進組織「COE(Center of Excellence)」の構築だ。阿部氏は「成功企業はほぼ例外なくCOEを設置している」と述べ、ガバナンスという守りと、現場の活用を支援する攻めの両輪を担うCOEこそが、AIを全社的な成果へとつなげるポイントだとした。

「AI事業ガイドライン」の活用がAI Readyの第一歩

AIが身近となってきたため見過ごされがちだが、著作権や個人情報漏洩、差別・偏見、ハルシネーションといった特有のリスクが存在することを忘れてはならない。そのため、規制法やガイドラインの策定といったAI統制の動きがグローバルで進んでいる。日本でも、2025年6月にAI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)が施行された。

講演「AIを安心して活用するために必要な取り組みとは?~"AI Ready"になる企業になるためのガバナンスとマネジメント~」に登壇したTISビジネスイノベーション事業部ファンクション&プロセスコンサルティング部 ディレクターの今村知浩氏は、今後AIのパワーが増すほどAI統制が強まる可能性が高いとして、AIガバナンス・マネジメントを確立させつつAIをフル活用することが重要だと述べる。

TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 ファンクション&プロセスコンサルティング部 ディレクター 今村 知浩 氏
TIS株式会社
ビジネスイノベーション事業部 ファンクション&プロセスコンサルティング部 ディレクター
今村 知浩

具体的には、総務省と経済産業省が2024年4月に策定した「AI事業者ガイドライン」を活用すべきだと説く。「AIを利活用しようと考える企業はすべてどこかしらでカバーされている」ため、これをもとに、AIの利用が期待されている領域からスモールスタートすることで、利活用の拡大とともにガバナンスも成長させるアプローチを推奨した。

そうすることで、AI導入を単なるツール導入ではなく、組織体制やデータマネジメントを見直すきっかけになると話す今村氏は、「AI Ready」な環境を整えることがAIを真の競争力へと変える第一歩になると強調した。

AI導入の課題は「組織」。だから橋渡し人材が重要

「PoC止まり」の壁を突破し、AIの本格導入・定着を実現させるには活用を定着させるには何が必要なのか。

講演「AI導入のカギは“橋渡し人材”― 発注者が整えるべき組織体制」に登壇したTIS ビジネスイノベーション事業部 AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクターの藤田亮氏は、AI導入の課題は「技術」ではなく「組織」にあるとし、多くの失敗は、組織的課題が要因だと指摘する。

TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクター 藤田 亮 氏
TIS株式会社
ビジネスイノベーション事業部 AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクター
藤田 亮

では、組織的課題を解決するには何が必要なのか。藤田氏は、技術を業務に落とし込む「ビジネスサイドとテクノロジーサイドの橋渡しとなる人材」が必要だと説く。この橋渡し人材を「アナリティクス・トランスレーター」、つまりビジネス課題をデータ分析可能なテーマに翻訳し、成果を業務に実装する役割を担う人材だと定義。世界的にも注目される役割になってきているとし、社内事情を鑑みながら動かなくてはならないため「外部調達が困難」と強調。それでいて、AI活用のキーパーソンとなる存在であるため、TISではアナリティクス・トランスレーターの育成・評価設計を行う支援に力を注いでいると述べた。

プロジェクトマネジメントの変革で人材・スキル不足を解消

AI活用に限らず、ITプロジェクトを成功に導くには、質の高いプロジェクトマネジメントが不可欠だ。

ところが現在、ITプロジェクトの成功率は低下。講演「AIで進化するプロジェクトマネジメント:実践事例と将来展望」に登壇したTIS ビジネスイノベーション事業部 プロジェクトマネジメントコンサルティング部マネージャーの吉原則彦氏は、その要因が「人材不足とスキル不足」にあるとし、マネジメントニーズが高度化していることが背景にあると指摘する。新しい技術が次々に登場し、前例のないプロジェクトや価値提供が重視されるようになったことがその理由だ。

TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 プロジェクトマネジメントコンサルティング部 マネージャー 吉原 則彦 氏
TIS株式会社
ビジネスイノベーション事業部 プロジェクトマネジメントコンサルティング部 マネージャー
吉原 則彦

そこで、AIをプロジェクトマネジメントに積極活用すべきだと吉原氏は説く。データ収集などの定型業務をAIが担うことで、人間は戦略立案や交渉、人材育成や想定外対応といった高度な領域に集中できる。そうすることで、プロジェクトマネージャーは、経営に近い視点で戦略を担う「戦略家」と、現場でチームをまとめる「現場リーダー」に二極化していくという。

そうした変化を見据え、TISではすでにプロジェクトマネジメントの高度化に取り組んでいる。すでに、プロジェクトの赤字化予測などのリスクマネジメントなどを実施。TISが培ってきたマネジメントスキルを活用してリスク検知・対策提案・品質分析を行うAIの開発にも取り組んでいると明かした吉原氏は、「人材不足、スキル不足を解決するには、プロジェクトマネジメント自体の変革が必要」と語った。

AIエージェントの肝は「ワークフロー」の設計・制御

今、AIで大きく注目を集めるのが、自らタスクを判断し実行する「自律的AIエージェント」。何でも自動化できると思いがちだが、講演「自律的AIエージェントアプリの未来!人とAIが共創する社会への新たなロードマップ」に登壇したTISビジネスイノベーション事業部 AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクターの香川元氏は、「現状はあくまで人が担っていた特定タスクの一部が自動化できる段階」と述べた。

TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクター 香川 元 氏
TIS株式会社
ビジネスイノベーション事業部 AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクター
香川 元

とはいえ、インパクトは決して小さくない。香川氏は「これまで人がやるしかなかったタスクを高効率に自動化できるポテンシャルがある」とした。すでにTISでは、大量の契約書の自動分析や稟議書などのドキュメントレビュー、ドキュメント差分の把握、顧客向け報告書の自動作成、セキュリティチェックシートの自動記入などさまざまなユースケースを実行。AIエージェントをビジネスに組み込むことで、コスト削減や生産性工場だけでなく、顧客への新たな体験価値の提供や、経営判断の高度化につながるとした。

今後はどう進化をしていくのか。香川氏は、「人が主体の業務フロー」から、徐々に「AIが主体のフロー」へと移行していくとした。また、より複雑なタスクに対応するため、複数のAIエージェントとそれらを統括するAIエージェントが連携する「マルチAIエージェント」が主流になっていくと指摘。成果の質を上げるには、人がマルチAIエージェントのワークフローを適切に設計・制御することが重要になっていくとした。

SCM変革でAIを活用する2つのポイント

AI活用で期待されることの1つに、サプライチェーンマネジメント(SCM)変革がある。サプライチェーンには多くの工程があり、それぞれ異なる需要特性・供給制約が存在。不確実性が高まっていることで、そのリスク管理は難易度を増している。

講演「AI×SCM SCM変革にAIをどう活用していくのか?」に登壇したTIS ファンクション&プロセスコンサルティング部 ディレクターの羽田野大樹氏は、「サプライチェーンマネジメントとは、需要特性と供給制約の間にあるギャップを考慮し、『何を、いつ、どれだけ生産して運ぶのか』を決めるものです」と説明する。

TIS株式会社 ファンクション&プロセスコンサルティング部 ディレクター 羽田野 大樹 氏
TIS株式会社
ファンクション&プロセスコンサルティング部 ディレクター
羽田野 大樹

そのため、AIをサプライチェーンマネジメントで効果的に活用するには、まず各工程でギャップを埋めるために行っている人間の思考を要素分解しなくてはならない。そのうえで、生成AIやAIエージェントといった各AI技術の特性を考慮し、適用を考えていく必要があるという。

羽田野氏は、その考え方をもとに「TIS式SCM[攻略法」を実践。業務プロセスを可視化し、ボトルネックを抽出することで改善策を導き出し、受注・在庫・生産の複数制約下で、効率とサービスレベルを両立する最適な意思決定をAIで支援しているという。さらに羽田野氏は、あいまいな目標はAIの判断を鈍らせるとして、「目標を明確にすべし」、そしてAIが機能する場として「デジタルツインを構築すべし」と提言した。

山梨中央銀行が実践した新規事業開発でのAI活用

ニーズが目まぐるしく変わる現在、新規事業開発に取り組む企業は多い。他方で、専任ではなく他業務と兼業で取り組むケースが多いため、AIをいかに効率的に活用するかが重要だ。

このテーマに切り込んだ講演が、「新規事業開発を成功に導くためのクリティカルポイントとは?―生成AIを活用した効果的なアイディエーションと実体験談―」。山梨中央銀行 経営企画部経営企画課の松土梨歩氏、山梨中央銀行 地方創生推進部山梨未来創生室の小田切耀平氏、TISストラテジー&イノベーションコンサルティング部 セクションチーフの富田大喜氏が登壇した。

TIS株式会社 ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 セクションチーフ 富田 大喜 氏
TIS株式会社
ストラテジー&イノベーションコンサルティング部 セクションチーフ
富田 大喜

山梨中央銀行では、地域DX推進の活動拠点「Takeda Street Base」の開設や、地域課題解決型ビジネスの本格展開を行う「やまなし地域デザイン株式会社」の設立など、地域社会の繁栄や経済の発展に寄与する新たなサービスの開発・創出に取り組んでいる。新規事業開発をめぐっては、TISのる新規事業開発ワークショップに参加。現在、「相続・贈与等の手続きをアプリで気軽にハートフルに行えるサービス」と「エンディングメッセージビデオ作成サービス」の2つのサービスの事業化準備を進めている。

そこまで進められた理由は何か。1つは、新規事業開発の重要なプロセスである「アイディエーション」。良いアイデアが出ず停滞することがよくあるが、生成AIを活用して多様なアイデアを短時間で創出し、議論の出発点を規定。知見のない分野でAIを有効活用することによって、多様な発想との組み合わせが可能になった。

また、PoCの段階では、生成AIでモックアップをクイックに作成。顧客の反応に触れて当事者意見を出してもらうことに注力した。結果、当初のアイデアから4度も方向転換(ピポット)を行ったという。AIで効率化を図ることで、事業の質を磨き上げることに集中できたことが、早期の事業創出という成果につながったといえよう。

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