ふるさと納税が変えた、地方経済の勢力図 今こそ、競争中心から持続可能性への進化を

「応援」から「お得」へ
変貌するふるさと納税の意義
――ふるさと納税制度は、どのような目的で創設されたのでしょうか。
ふるさと納税制度の意義は明らかにされていますが、厳密には明確な目的は存在しません。ふるさと納税は、納税者が税の使い道や納税先を自ら選べる機会を提供し、自治体間の競争を促して地域を活性化することに意義があります。
具体的には、「寄付先や使途を選ぶことで税への意識を高める」「応援したい地域を直接支援できる」「自治体が魅力を発信することで地域のあり方を再考する」という3点です。
一方で、制度創設の背景には「地方で育ち、生活圏の都市部で納税する構造への問題意識」があります。そのため、「地方と都市部の税収格差を是正することを目的とした制度」と理解されている方もいるようです。
しかし、制度開始前に公表された研究会報告書では「ふるさとの大切さを再認識すること」や「どこをふるさとと考えるかという意思を尊重すること」が本質的な意義として示されており、格差是正はあくまで副次的に期待される効果にすぎません。
――制度開始当初と現在では、制度の活用状況や意味合いは変化していますか?
明確に変化しています。現在、多くの人は「返礼品を得られるお得な制度」と認識していますが、制度開始当初はまったく異なる状況でした。例えば、寄付受け入れ額の上位は都市部で、東京都府中市では一件当たりの寄付額が2000万円を超えていました。いずれも、自らが生まれ育った地域を応援する意図によるものが多かったです。
また、2011年の東日本大震災時にはふるさと納税で多額の寄付が被災地に集中しました。いずれも「恩返し」や「応援」といった思いが、寄付の背景にあることがわかります。もちろん、寄付金控除の特例は認識されていましたが、当時は返礼品が主目的ではありませんでした。
状況が大きく変わったのは13年ごろからです。メディアで返礼品が取り上げられるにつれて「実質2000円の負担で、それを大きく上回る価値の返礼品がもらえる」という認知が拡大。14年以降は「ふるさと納税=返礼品」というイメージが定着しました。それに伴い、寄付者の行動も大きくシフトしました。
寄付額は右肩上がり
返礼品と利便性が広げた裾野
――寄付額は年々増加し、24年度には過去最大の増加額となりました。その背景にはどのような要因があるのでしょうか。
1つは、返礼品の存在です。ふるさと納税は高額所得者層ほど控除限度額が大きくなる仕組みのため、10年代後半までは所得800万円以上の層が全体の6割近くを占めていました。高額所得者を中心に急速に利用が広がった後、メディアの影響もありしだいに平均的な所得層にも浸透し、すそ野が広がりました。
もう1つは、制度の利便性向上です。ワンストップ特例制度のオンライン化やマイナンバーカードを利用した手続きの簡素化など、利便性の向上が平均所得層の利用を大きく後押ししました。15年には寄付金控除の上限額の引き上げと、ワンストップ特例制度の導入が重なり、前年比4.3倍超の増加を記録し、爆発的な利用拡大の契機となりました。
――寄付者の変化は、自治体の姿勢にどのような影響をもたらしましたか。
寄付者が返礼品を求めるようになったことで、自治体の戦略も大きく変わりました。13年の総務省調査では返礼品を送付していた自治体は約5割でしたが、今ではほぼすべての自治体が実施しています。当初は、返礼品送付について「各自治体の良識」に委ねられていましたが、実際には一部の自治体が過剰な返礼品を用意したことで、競争がエスカレートし、国は法制化に踏み切りました。
例えば、「返礼品は寄付額の3割以下」「地元で生産されたものに限る」といったルールが定められました。さらに最近は「精米だけでは地元で生産とは認めない」「広告で特盛などの誇張表現の使用不可」など、細かい規制まで設けられています。
公平な地域振興のため
自治体の政策を選ぶ意識を
――制度運営の課題はどこにあるとお考えですか。
競争が過熱して経費がかさみ、自治体には寄付額の半分程度しか資金が残りません。都市部の税収減も無視できません。
また、寄付金を地域振興に積極活用する自治体がある一方で、資金が滞留するケースもあります。寄付の継続性に対する不安から、長期計画に踏み切れないことが背景にあります。それでも移住・子育て支援に活用する前向きな事例は増えています。
さらに、多くの寄付者は寄付金の使途への関心は薄い状況ですが、自治体が具体的な使途と必要額を示し、一定額以上が集中しない仕組みを設ければ、知名度の低い自治体にも資金が流れやすくなり、制度全体の公平性が高まるでしょう。
理想を言えば、寄付者が「この自治体のこの政策に資金が必要だから応援する」という視点で寄付を行い、限られた財源を社会的に価値のある政策に振り向ける仲介機能を果たすことが望ましいと思います。
――課題を踏まえて、ふるさと納税制度は今後どのように進化していくべきでしょうか。
現実的な改善策としては、自治体が寄付金の使途と必要額を明確に示し、それ以上の金額が一部の自治体に過度に集中しない仕組みを整えることです。そうすることで、「頑張っているが資金が集まらない自治体」にも寄付が流れやすくなります。
また、自治体と返礼品提供事業者が、地域振興のパートナーとして協力することも重要です。近年では、返礼品提供事業者が自社の商品を「ふるさと納税の返礼品」としてPRする動きも広がっており、自治体と事業者が互いに相乗効果を生み出す関係が強まっています。こうした協力関係を制度の中で生かしていくことが、地域経済の発展に大きく寄与すると期待しています。