今、時代が求める「環境人材」に必要なもの 環境の学びに「文理の垣根」は存在しない

環境問題は「人の力」で解決できる
地球温暖化の時代は終わり「地球沸騰化」の時代が到来した――。
2023年、国連が発したメッセージが示すように、環境問題は深刻化の一途をたどっているようだ。25年1月には、EUの気象情報機関が、24年の世界の平均気温が産業革命前より1.6度高かったと発表。パリ協定の目標である1.5度を初めて上回った。国立環境研究所 地球システム領域長の谷本浩志氏は、この状況について次のように説明する。

国立研究開発法人 国立環境研究所 地球システム領域 領域長
谷本 浩志 氏
東京大学理学部化学科卒、同大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程、同博士課程修了。2001年より国立環境研究所研究員、2010年より室長。2025年4月より現職。気候変動、地球大気化学、地球観測衛星などの研究に従事
「地球の平均気温が産業革命以前より2度上昇した場合、地球の生態系にかなり深刻な影響をもたらすと考えられています。パリ協定で目標を1.5度としたのは、2度を十分に下回る水準を目指さないと、こうした気候変動の影響を回避できないという意味がありました」
18世紀後半の産業革命は、大気中の温室効果ガス排出量を劇的に増加させた歴史的な分岐点と考えられている。化石燃料の大量燃焼が始まったためだ。
「気温の上昇は大気中の水蒸気量の増加につながり、ここからさらに気温が上がれば、今までにない記録的な豪雨や大規模な洪水が多発するほか、海水温の上昇により台風も強くなる可能性もあります。また、熱波が増えれば土壌や植生の乾燥を促し、山火事も発生しやすくなるのも世界的に重要な問題です」
ここ最近の夏の酷暑を体験すると、暗い未来しか見えないようにも思えるが、谷本氏は「環境問題は人の力で解決できる問題」と話す。
「約50年前の大気汚染による健康被害、約40年前に問題となったオゾン層破壊も、規制によって徐々に改善・回復の見通しがついてきました。地球温暖化も、理論的には温室効果ガスの排出量を抑えることで解決できるとみています」
ただし、さまざまな要因が絡むのが問題の解決を困難なものとしている。自然科学だけでなく貧困などの社会構造、紛争などの地政学リスクや、技術の社会実装、規制における法整備など、解決に向けた取り組みを進めるために、クリアすべき課題は多方面にわたる。
「環境研究には、物理・化学・生物・地学といった理系領域だけでなく、法律や経済といった社会科学、さらには人文科学も関係します。そのため、専門領域の追求だけでなく、幅広い領域の専門家が協力し合い、分野横断で社会課題解決に取り組むことが環境領域においては重要です」
問題に取り組む最前線で今、起きている変化
環境問題の早期解決に向けてアプローチすべき領域が多岐にわたる状況の中、最前線で取り組む大学や研究機関の取り組み方にも、変化の兆しが見えていると谷本氏は語る。
「以前は物理・化学などの専門家が、新たな応用先として環境問題へアプローチすることが多かったのですが、今は環境をメインとする学部・学科が増え、世界中に存在するさまざまな環境問題を起点にした研究や学びがスタンダードになりつつあります」
今取り組むべき課題を明確にし、その解決に向けてプロセスを構築していくという学びの変化に加えて、文系・理系などの垣根なく環境問題に取り組む環境づくりが進められているのも特徴だ。
「課題解決に直結した行動ができ、学んだことが環境問題に取り組むうえでストレートに生かせる時代になったともいえます。また、文理融合型の学びが増えたのも大きな違いです。環境学の大学院では人文学や社会科学が必修となるところもあり、文理融合型教育を標榜する大学も増えてきました」
複数の分野を学ぶことで専門性が育みにくいという指摘もあるが、谷本氏は「もうそんな時代ではない」という。
「今はネットを活用して、さまざまなことをいつでも学べる時代になりました。つまり複数の専門性を幅広く自分で習得できるということです。地道な研究はもちろん必要ですが、環境問題に関しては多様な分野の研究者との連携や協働を積極的に行うことや、実際の現場を自分で見るフィールドワークも大切。さまざまな場所で得た情報を基に、自分が何をすべきなのか、『思考の幅』と『柔軟性』がこれから環境問題に取り組む人材に求められるものだと思います」

環境人材に必要な「情熱・戦略・行動」とは
そうやって育成された「環境人材」のニーズは、着実に高まっている。
「国立環境研究所の話をすると、ポスドク研究員(博士号取得直後の任期付き研究職)をしていた研究者が、民間企業や行政機関に移り活躍する例も多くなっています。例えば損害保険会社で気候変動のリスク評価をしているほか、人工衛星データをカーボンクレジットの透明性確保に活用する仕事などで活躍しています」
環境問題はあらゆる領域に影響するため、事業内容に左右されることもない。
では、活躍できる「環境人材」に共通している要素は何か。谷本氏は「情熱」「戦略」「行動」の3つだという。
「環境問題の解決には、世代を超えるほどのかなりの時間がかかります。例えば温室効果ガスの排出量を削減するにしても、二酸化炭素だけでなくメタンなどいくつも種類があり、社会構造や経済問題といったさまざまな課題とも向き合わなくてはなりません。『情熱』を持ち続け、いかに実現させるか『戦略』を練り、実際に『行動』することが重要です」
さまざまな要因が複雑に絡み合う環境問題。だからこそ解決への取り組みには1つの専門領域にとどまらず、多様な分野の専門家とのコミュニケーションを通じて連携し、幅広い知見を集約することが不可欠だ。すぐそばに迫る、地球規模の危機。分野の垣根を越えて解決に導くキーパーソンの誕生が今、待たれている。