映画≪国宝≫に歌舞伎俳優も驚嘆! 「歌舞伎の松竹」ではなく「東宝」の配給で成功した理由
もちろん歌舞伎俳優が歌舞伎の世界・演目を演じるのであるからそつなくこなしたであろう。しかし、「大前提として、この映画の主眼は歌舞伎をしっかり見せることだけではない。キャラクターとして喜久雄なら喜久雄として湧き起こる感情を乗せるというか。型から生身の感情が突き破って出てこないと『国宝』の歌舞伎シーンにならないと思っていたので、そこを伝える、引き出す必要があった」(シネマトゥデイでの李監督のコメント)。
すなわち、この映画は、歌舞伎の家の血筋を持たない喜久雄と、御曹司でありながら親から後継者として認められなかった俊介を描いているのであり、舞台のシーンもそうした苦悩や葛藤を持つ2人が歌舞伎役者として演じているという「劇中劇」になっているのだ。特に曽根崎心中の遊女お初を舞台で喜久雄が演じるシーンが映画では重要なシーンで、圧巻だった。
NHKが6月20日に「スイッチインタビュー『吉沢亮×四代目中村鴈治郎』を放映した。この映画で歌舞伎指導・歌舞伎役者の吾妻千五郎役を勤めた中村鴈治郎と吉沢亮の対談だ。そのなかで、鴈治郎が「喜久雄でありながらお初を演じた。これは僕らには経験のないこと」と発言をしており興味深かった。
吉沢も、李監督には、歌舞伎としてきれいに踊ろうとするより、「喜久雄で踊って」と言われた。きれいに踊るために1年半稽古したのに、「意味がわからない!」と思ったと述べている。
東宝がこの映画で成功を収めた理由は、歌舞伎を演じるだけではなく、人間ドラマとして実力も人気もある俳優が「歌舞伎俳優」を演じ、素晴らしい演技をしたことが大きな要因だろう。松竹ではこうした配役はできなかったのではと思える。また、「血筋」か「実力」かを問うこの映画のテーマは松竹には荷が重かったであろうし、仮に歌舞伎役者で配役を決めるにしてもそのシリアスな内容から、困難であったにちがいない。
実は松竹も衣装や美術で一部関わっていた
しかしながら歌舞伎は総合芸術だ。役者がいれば成り立つというものではない。衣装、かつら、大道具、小道具、それに音楽といったそれぞれに伝統を持つ技の結集である総合芸術だ。よくこれだけの作品を作れたものだと思い、確認してみたら、美術全般に関しては東映東京撮影所、舞台美術に関してはたつた舞台が主に担当。さらに松竹衣装も歌舞伎衣装、松竹撮影所が美術制作、大道具、経師(張りものなどの表装)の担当で、映画のパンフレットに記載されていた。
【2025年6月29日13時45分追記】初出時の美術制作の担当についての表記を修正しました。
前述の中村鴈治郎は歌舞伎界の重鎮だし、花井半次郎の後妻で秀介の実母・大垣幸子役を演じた寺島しのぶは7代目尾上菊五郎の娘で、弟は襲名したばかりの8代目菊五郎、息子も歌舞伎役者の尾上眞秀という歌舞伎の大名跡一家の一人だ。『国宝』のプログラムの中で早大・児玉竜一教授(歌舞伎研究)は、本作で寺島を得たことは大きいと述べている。
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