京都名物の「年1便・春分の日運行バス」。「乗り遅れたら、次は1年後」のバス成立の背景と、大混雑も「路線は年々減少」のワケ
しかし、利用状況は徐々に低迷していった。両地域ともそこそこの山歩きを必要とするため、「朝方に鞍馬を回って、昼のバスで大原に移動して」というスケジュールでは時間が足りないうえに、そもそも1日3往復ではスケジュールを組みづらい。
さらに、江文峠の近辺にはめぼしい集落がなく、市原~鞍馬間は叡山電鉄と並行しているため、地元の利用客も見込めなかった。こうして、京都バス95系統は2012年から「春分の日のみ・片道運行」となった。
ここまで極端に運行本数を削ったケースは珍しく、国交省・日本バス協会は当時の新聞に「(年1回運行でのバス路線の免許維持は)聞いたことがない」とのコメントを残している(2015年03月19日・読売新聞)。

しかし、京都バスにとって想定外の事態が起こる。2012年、2013年には乗客が5人程度だったのが、SNSで「最も運行が少ない『幻の路線バス』」として存在が知られるようになり、2014年には一転して乗客が満杯に。ついには新聞・テレビでも一斉に取り上げられるようになり、いつしか2台のバスが必要となるほどの「超・混雑路線」に変貌したのだ。
まさかの「路線一部復活」運行は年1便→2000便、そして…

「幻のバス」こと95系統の盛況を受けて、京都バスは賭けに出た。鞍馬バス停の南側にある貴船口を終点として、大原~貴船口間で平日込み3往復の「55系統」を2017年に新設したのだ。
復活の目的は、両地域の観光移動をふたたび掘り起こすこと。それだけでなく、95系統が素通りしていた静原地区の中心部も経由するなど、地域の人々に利用されるための工夫もあった。なかには「年間の停車本数が2000倍」(1本→約2000本)となったバス停もあり、関西のニュースでも軒並み「幻のバス路線、まさかのカムバック」として取り上げられたものだ。

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