麹町計画は、木造密集地の改造計画で、町屋の原理を適用した低層高密度居住モデルである。1階部分を吹き抜けの外部空間にして人や空気の流れを作る構想で、河原町の逆Y字住棟はその延長線上にあたる。河原町の大きな広場は、そこに住む人たちの都市的空間であり、多様な活動を支える場所として期待されていたのだ。
日々の暮らしが感じられる空間
『グラフかながわ』(1972年9月)や『神奈川県住宅年報』を見ると、広場は子どもたちの安全な遊び場であり、母親たちの井戸端会議の場所、横丁や路地のような役割が期待されていたとある。
入居後の写真には、清掃日に住人が集まって掃除をしたりお祭りでにぎわったりしている様子が見られた。大谷さんが願ったように、広場は人々の日々を支えていたようだ。
「上から『ご飯できたわよ』と叫んで、下から『は〜い!』なんて返事をしたり。そういうつながりや面白いコミュニケーションが生まれる空間ですよね。ただ、内包された空間は音が反響しやすいなどマイナス面もあります。どのように使われてきたのかは気になっています」(河野さん)


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