古川 一夫
1946年東京都生まれ。71年株式会社日立製作所入社、日立テレコム(USA)INC.CTO、情報・通信グループ長&CEOなどを経て、2006年取締役代表執行役 執行役社長、09年取締役代表執行役 執行役副会長、特別顧問に就任し、11年9月退任。同年10月独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長に就任し、現在に至る
※法人・団体名・組織名・所属・肩書きなどは、すべて2015年9月4日取材時点でのものです。
日本が“尖った技術”を生むために必要なものとは
――理工系人材の現状と課題についてお教えください。
日本の戦後70年を牽引してきたのは、言うまでもなく科学技術です。科学技術があってこそ、世界で驚異とも言われた日本の成長が成し遂げられました。天然資源のない日本では、人材こそが資源であり、多くの技術者を育成することで日本は科学技術立国になり得たのです。しかし、現状を考えると、理工系学部の学生数は文科系学部の半分しかないうえ、大学教育と社会が要請するニーズとの間にギャップが生じているように見えます。現在の科学技術の進化のスピードと大学教育に、ある程度のタイムラグがあるのは当然だとしても、そのギャップを埋めるさらなる努力が必要でしょう。
――今、日本の製造業はどんな問題に直面しているのでしょうか。
企業間競争ではグローバル化が進み、製品単品よりもシステム化された高度な製品・サービスが求められています。しかも開発期間の短縮化、開発の高効率化を迫られ、経営の舵取りも一筋縄ではいかない状況になっています。日本には世界で活躍するメーカーが数多くありますが、世界で勝つためにも、より多くの理工系人材が必要になっているのです。
――産業界・NEDOでのご経験から、現在の理工系人材に求められるものとは何でしょうか。
かつて私がアメリカで仕事をしていたころ、赴任と同時に自分がリクルーターのデータベースに載ったことに驚きました。待遇条件などの問い合わせが頻繁に来るようになったのですが、エンジニア個人が市場でどれだけの価値を持っているのか、否応なく感じさせられました。そうした人材市場という観点から見れば、現在は、“尖った技術”を生み出す人材の価値が高まっていると言えるでしょう。
――日本が“尖った技術”を生み出すにはどうすればいいのでしょう。
実は日本企業の研究開発投資の9割以上が既存の製品開発に向けられており、新分野の製品開発への投資は1割未満に過ぎません。いわば、9割以上が今後3年以内の製品に対する投資であり、リスクがあって長期の開発期間を要する製品開発にはほとんど資金が回っていないのです。これでは“革命的な”製品を開発することはできません。NEDOでは今、有望なシーズをもった大学発ベンチャーなどの支援を進めています。様々なスキームを使いながら、多くの成功事例をつくって、現状を変えていきたいと考えています。
――ベンチャー支援にも積極的なのですね。
これまでは中堅・中小企業の支援が中心だったのですが、ここ数年はとくにベンチャー育成に力を入れてきました。結果として、支援先の15社が株式公開し、全社で7000億円以上の時価総額を達成することができました。
オープンイノベーションをさらに進めていくために
――企業と大学の関係性はどうあるべきでしょうか。
学生のインターンシップは進んでいますが、研究者の産学交流をもっと進めなければならないでしょう。アメリカでは産学交流は当たり前ですが、日本はそれほど積極的ではありません。NEDOでは大学や産業界など多分野から人材を集め、いわゆるダイバーシティの中で、オープンイノベーションを進めようとしています。これは日本では極めて珍しいケースです。アメリカでは大学がリーダーシップをとって、ベンチャー育成や産学交流を行っています。日本の大学でもこうした取り組みをさらに積極的に進めていくべきでしょう。
――最近では理工系大学の取り組みが注目される事例も出てきました。
そうですね。たとえば近畿大学ですが「近大マグロ」は着想と継続性、そしてビジネス化した点が素晴らしい。しかもマグロの完全養殖なら通常、水産学部や農学部がやるべきところですが、それを工学部が生み出したという点は、とくに興味深いですね。さらに短期間ではなく、30年ほどの期間を要して、粘り強く研究開発したことも注目すべきです。他大学もそれぞれのノウハウをもとに、水産業ほか、農業、林業など一次産業で寄与すべきところはたくさんあるはずです。近大の取り組みを一つのモデルとして、学生や研究者のインセンティブを高めていくべきでしょう。
――大学だからこそ、できることがたくさんありそうですね。
福岡工業大学でも「減災」の研究に取り組んでおられますよね。人間誰しも、世の中のためになる仕事をしたいと思っているはずです。モノをつくるだけでなく、災害の被害を食い止めるような社会的な課題を解決するためにも、もっと理工系学部の知識を活かすべきでしょう。自分の技術が世の中の何の役に立つのか。そこに生きがいを感じる方々が増えていけば、大学ももっと変わっていくと思います。
――理工系人材を増やすにはどうすればいいのでしょうか。
成功事例を積み重ねていくことでしょう。例えば、ベンチャーでは株式公開以外にも、M&Aによる事業売却というゴールがあります。大企業はベンチャーのテクノロジーをもっと活用すべきです。今は日本全体がオープンイノベーションを必要としている時代です。NEDOでも日本にふさわしいエコシステムをつくり上げようと努力しています。
――これからの理工系人材に期待するものは?
冒頭では科学技術の進化のスピードと大学教育にあるタイムラグについて触れましたが、学生の皆様は、在学中からサイエンスだけでなくエンジニアリングを視野に、多くの経験、広い世界観を養って欲しいと思います。
大学側は尖った技術を生み出せる仕組みとして、大学発ベンチャーを支援するプランや、ビジネスに通じる講義を行う等、学生の背中を押して欲しい。そうして早い段階からサイエンスにも、ビジネスにも触れて、社会とのタイムラグが少ない人材を期待したいです。
また、サイエンスの専門家たる研究者の皆様も、研究者の産学交流、ベンチャーの立ち上げなど、自らの研究開発をビジネス方面に送り出すチャレンジに、もっと挑戦して欲しいですね。既にこうした動きをされている方々もおりますが、まだまだ素晴らしいエンジニアリングの種が埋もれているはずです。多くのサクセスストーリーが生まれれば、多くの人材がそこに集まってきます。我々も科学技術のサクセスストーリーをつくるために、大学、企業などに対して惜しみない支援を続けていきたいと思っています。